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陣ノ内 唐人 「じん」のつく地名

長崎地名的散歩
04 /21 2024

 「陣場」「陣ノ内」など、のつく地名は、「むかし、武士が合戦で陣を立てた所」と言われている。


 なるほどそうなんですね、ふぅ〜ん、と納得しそうになるが、「陣」がつく地名の土地状況を調べると、なぜか川のそばの低湿地や田んぼ、グジョグジョの沼や、ため池のある所ばかり。

 暗く淋しい山の谷間にあったりもするが、武士の陣場に適した小高い丘はほとんど無かった。


 これはどういう事だろう?


 ハッ!もしかして、武士というのは、全員「スーパー☆ストロング馬鹿」で、ふんどし一丁で腰まで泥に浸かり「エイエイオー!」とトキの声を上げ、敵が襲来したら、泥んこプロレスで相手のふんどしを奪って勝敗を決したのだろうか?


 いや、直感だが、違うような気がする。


 「ジン」は陣場ではなく、別の意味があるのではないか?そう思って調べたら、下の言葉が見つかった。


湛(ジン・チン・タン) :意味→水を 湛(たた)える 水が満ちている おぼれる 沈む 深い

 (沈も深も「ジン」と読むのは偶然だろうか)


 つまり、じんとは「水はけの悪い土地や、深い沼や湿地」の事ではないか。


 そう考えると、すべての疑問のふんどしのひもは、ハラリと解ける。

 
 

 長崎県内の「陣」地名には、次のような例がある。


・諫早市松里町 陣ノ辻

 山の中腹の交差点のカドに、唐突にコンクリートの貯水槽が建っている。背後の空き地は土砂で高くかさ上げしてあり、脇にあるやぶには踏み板が敷かれている。湧水による湿地だったのだろう。

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・諫早市飯盛町佐田 古陣(ふるじん)

 いいもり斎場の横から山の方に入った、草木の茂る所。土地の真ん中と両脇に計三本の水路が流れている。すぐ下の空き地は建物を撤去して整地中だが、ど真ん中の邪魔な水路は動かせないらしい。道路脇の一角には、地下に防火用水のタンクが埋めてある。湧水が流れ込むのだろう。

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・大村市諏訪町 陣ノ内

 周辺は開発が進んで新しい住宅が建ち並んでいるが、この辺りだけ水田と畑が残っている。田んぼへの水路は無く、湧水があるらしい。地元の人の話では、田んぼの脇の水管バルブは回せば水が出るが、水道局が調べてもどこに繋がっているのか判らないという事だった。

 すぐ近くにある下水のマンホールからは、水が落ちる大きな音が響いていた。

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・長崎市松原町 陣ノ尾

 東長崎地区、松原町の山の上にあるサントピア学園の左下。農地の脇から水が湧き出しており、プールのような大きな貯水槽もある。石垣の下は流れた水でビチョビチョの湿地。学園の真下の崖からも水が流れ出ている。

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・長崎市上戸石町 陣ノ内

 急傾斜地の下の細い谷間に川が流れるところ。背後の山からの湧水が多いらしく、雨上がりでもないのに水路には水が流れ、脇の部分からもバケツを傾けた位の水が出続けていた。他にもあちこちから染み出しているのだろう。

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 新しい住宅地の下に作られた、巨大な洪水調整用の池は湿地化しており、元々の土地の状況を窺わせている。昭和57年の長崎大水害では、上の方の土砂崩れで土石流の被害があった。

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・西彼杵郡時津町野田郷 陣ノ内

 ゆるい傾斜地にある小丘の周辺。森のように木々が高く伸びている。水源があるのだろう。そばには田んぼと畑があり、近くには小川も流れる。 


・東彼杵町瀬戸郷 陣屋(じんや)

 龍頭泉に向かう県道190号線の途中、大村湾グリーンロード高架橋の奥。

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 右側の谷間の辺り。「陣屋」の場合、「や」は、谷のことらしい。

 

・佐世保市吉井町草ノ尾 陣ノ尾

 山の上の窪地に大きなため池があるところ。


・島原市南有馬町 小字 上陣場 中陣場 下陣場

 島原の乱で、原城の周辺に立てられた武将達の陣跡の近くにある。そのため、本当の陣場跡と思われそうだが、場所はやはり川沿いの田んぼの中。

 ややこしいのは、黒田陣場 小笠原陣場という具体的な名の小字が丘の上にあり、これこそはホンモノかと思ったら、どちらも記録にある場所とはだいぶ離れている。 


 他にもあるが、もう飽きた。

 湿地は低い土地にあるものと思い込んでいたが、今回、現地を見てまわり、山の上でも傾斜地でも、湧水とそれが溜まる条件があれば、湿地ができることが判った。


「湛(じん)」は「タン」とも読む。湛水(たんすい)は、田んぼに水を溜めること。

あるいは、土地に水が溜まって排水できないこと。

 熊本には「水湛」と書いて「みずたまり」と読む地名がある。



 諫早市には、陣野(じんの)という姓がある。森山干拓の先駆者は、医者だった陣野甚右衛門。あだ名が「じんじん」だったかどうかは知らん。陣野姓の発祥地である森山町には「陣ノ辻」という小字があり、その地名から「陣野」を名乗ったと言われている。

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 陣の辻 分かれ道の崖下の辺り。以前は水田だった。馬場公園のそばに小川が流れている。

 


◎長崎県以外の「陣」地名の例


・佐賀県嬉野市嬉野町大字岩屋川内 陣野

 茶畑が広がる高燥な山の上で、1ヶ所だけ大きな湧水の溜池がある所。

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 道路工事による通行止めで、溜池の写真は撮れなかった。


・熊本県上益城郡御船町 陣

 ふたつの川に挟まれた湿地帯。


・熊本県八代市 陣内

 山の間の狭いところで、川が複雑に流曲し合流する地点。


・福島県西白河郡矢吹町 陣ヶ岡

 阿武隈川流曲部の氾濫原。


・福井県坂井市 陣ヶ岡

 陣ヶ岡丘陵地域は広い湿地帯。



 いろいろ見てみたが、湿地と水辺ばかり。やはり「湛」という言葉が、じん地名の土地状況に一番合っていそうだ。


 現在、じん地名のほとんどが「陣」の字になっているのは、大昔の「好字二字令」の影響もあるだろう。

 たぶん、古くから湿地はジンと呼ばれていたが、誰も漢字の「湛」という認識はなかったと思う。そして、古い地名に漢字を当てる際、近世まで一番よく知られていた陣地の陣が使われた。仁とか尽はマイナーだし、人や神は地名には使いにくい。



◎「陣」以外のじん地名もある


 南島原市口之津町の「唐人町(とうじんまち)」という地名は、かつてこの地で南蛮貿易が行われた事から、当時の中国人の居住地だったと言われている。

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 現在は海岸を埋め立てて家も建っているが、400年前はまだほとんど海で、すぐ崖の地形。とても人が住めるような場所では無かったと思う。現在もまだ湿地と洪水調整池がある。

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   国土地理院地図より

   

 「唐」はこの場合、「塘(とう)」で池や沼のことと思われる。「湛(じん)」は深い水。「町(まち)」は、区画の意味があるが、後世の付け足しの可能性もある。

 「唐人」はハス田のような深い湿地を意味する地名だったのかもしれない。


 諫早市にある「唐人廟(とうじんびょう)」という小字は、安勝寺の縁起話では丘の上の墓地周辺だったように書かれているが、長崎県の小字地名総覧では、谷間の水源の下の方になっている。コンクリートの水路が出来る以前は、全体的に湿地だっただろう。

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   Googleマップより
 

 また、この辺りを指す「深山(みやま)」という地名は、山奥でもないのに変だなぁと思っていたが、「水谷間」の意味だったのなら土地の状況と合う。

 

 鹿児島県加世田市には「唐仁原(とうじんばる)」という地名がある。ハル、バルは九州では開墾地のことなので、池などを埋め立てて開墾した干拓地だったのかもしれない。


「じん」のつく地名について考えたことは、今はこんなところ。



 自分は以前、「陣内」「陣野」という姓を「なんかカッコええのう~」と羨ましく思っていたが、泥田の意味だったのかと思うとそうでも無くなった。


 「深町」というのも都会的な感じで「よかですた〜い」と思ったが、フカ・フケは湿地なので、これもおそらく、泥田のことだろう。


 まあ、現実とはそういうもんだ。 




参考文献:古代地名語源辞典 楠原祐介 編
     長崎県の小字地名総覧 草野正一 著
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