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地名散歩 多良見町市布(いちぬの)

長崎地名的散歩
03 /18 2023
諫早市多良見町 市布(いちぬの)

 市布には、長崎自動車道の長崎多良見インターがあり、すぐ近くには諫早市と長崎市を結ぶ長崎バイパスの出入口がある。
 一般道の国道34号線も、隣接する東長崎地区や長崎市街地へ行き来する車が通るため、この付近は相変わらず交通量が多い。
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    ※Googleマップより
 市布と言えば、以前はバイパスと国道が交差する信号でいつも激しく渋滞していた。頻尿の人達にとっては、人間の尊厳を死守するため命懸けで戦った地獄の交差点だった。
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    ※国土地理院空中写真サービスより
 しかしその後、道路が交差しないよう国道の片側を高架橋にしたため、渋滞も尿もれも、かなり解消されている。
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 JR長崎本線は、多良見町の喜々津駅から長崎に向かって新旧二つの路線に別れるのだが、電化された比較的新しい方は、一般に「市布経由」と呼ばれている。
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 喜々津駅の次が市布駅で、あとは長崎市街までトンネルと山間の無人駅だけなので、市布経由と呼ぶのが一番わかりやすかったのだろう。

 そういう事もあり、市布という地名は近隣の人々にもそこそこ知られている。

 国道沿いには、新車・中古車の販売店に、住宅展示場やリフォーム関連のショールームなどが建ち並んで賑やかだ。
 しかし、元々は谷間の農村地帯。店舗の裏側には、田んぼと畑ののどかな風景が広がっている。
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 それにしても、市布(イチヌノ)は、なかなかイミフな謎地名。 
 よそから来た人は「イチヌノ?なんじゃそりゃ」と思うはず。

 なので、先手を打って、交差点の地名表示に(なんじゃそりゃ)と書いておくというのはどうだろう?
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(いやいや、何のために!)


 では、「市布(いちぬの)」とは何のことだろう。

 「座頭市のふんどし」だろうか?(ちょっとは考えてから言えよ)

 確かな情報だったのかは判らないが、市布は、古文書に「一野々(いちのの)」と書かれていたというのを何かで読んだ。何でだったのかは、まったく思い出せん!

 「市野々」や「内野々」という地名は東日本に多いようだが、長崎周辺ではちょっと見ない。
 ※野母崎の高浜に「野々串」があるが、ここは地形的な共通点が無いので、別の意味だと思う。

 イチノノは九州にも無いことはないが、昔の小字らしいので、検索しても場所が判らない。どんどん消滅しているのだろう。

 地名のイチは、市場や集落でなければ、その場所や周囲が険しい所。ウチは、何かの内側の地域か、山の間か、「憂し」で軟弱地盤の土地。
 イチがウチになったり、その逆もあったかもしれない。
   
 野は、野っ原でよさそうだが、日本の地形上、ゆるい傾斜地の場合が多い。

 では「野々」とは何だろう?
 うわぁあ~ん!と泣き叫ぶ市議だろうか?(ネタが古~い)


 全国の市野々という地名の土地を、航空写真やGoogleストリートビューなどで見たところ、「山の谷間に、川沿いの田んぼが細長く続く土地」である事がほとんどだった。

 つまり、イチは「険しい山の間」で、野々は、野を繰り返す事で「長く続く野」を表現したのではないだろうか。

 市布という地名は全国的にも少なく、ネットの地図で見つけたのは、廃村になった福井県大野市の東市布と、福井県福井市の西市布くらいだった。
 これらも昭和の航空写真を見ると、山間の川沿いに細い田んぼが続く地形なので、元は「市野々」だったのではないかと思われる。
 ・福井県大野市 東市布(昭和36年) 
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    ※国道地理院 空中写真サービスより

 ・福井県福井市 西市布町(昭和50年)
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    ※国道地理院 空中写真サービスより
 福井県の他の地域には「市野々」という地名があるので、上の2箇所だけが何らかの原因で「市布」に変わったか、意図的に変えられたのかもしれない。

 多良見町の市布も、イチノノから変えられた可能性はないか。
 福井市と言えば曹洞宗の総本山、永平寺がある。昔、多良見町の市布は諫早領だった。諫早家の菩提寺は曹洞宗の天祐寺。現在、多良見町には曹洞宗の寺は無いが、市布や中里町周辺には、由緒不明な中世の寺跡が複数ある。
 ここに曹洞宗の寺があったとすれば、福井で修行したちょっと偉い僧侶が派遣されていて、一野々と呼ばれたこの地を、自分が懐かしむ「市布」に勝手に変えた。などという事が・・。

 多良見町の市布も、山の間の細長い川沿いの土地であり、「市野々」の地形に当てはまる。
 ただ、山の多い長崎には同じような地形がいくらでもあるので、ここだけイチノノだったというのも納得しづらい。

 JR市布駅の上方、道路を挟んだ集落背後の傾斜地に、小字地名の「市布」がある。これが広い範囲の地名になった可能性も考えてみる必要があるだろう。

 ところが困った事に、長崎県の小字地名総覧と、多良見町郷土誌では場所が少し違っている。前者は、山崎鮮魚店から傾斜地を登った浸食地形の集落あたり。後者は、その集落の少し東側の斜面。
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 地名の解釈は、それだけでも大きく変わってしまう。どちらが本来のイチヌノかを、的確に判断しなければならない。
 地元の住民でも元々の範囲を正確に知る人は、まずいないはずだ。

 この小字の「イチヌノ」が地形由来の地名であれば、何か特徴があるはず。

 イチは「険しい」として、ヌノが何を意味するのかが、なかなか判らない。

いろんな辞書で調べても、ヌノは布以外の意味が見つからなかった。
 建築用語の、表面を平らに仕上げる「布基礎」と関係があるようにも思えない。

 ある日、辞書で布巾(ふきん)の「巾」を見ると、布・布きれの意味があり「覆う・かぶせる」という意味があると書いてあった。頭巾や布巾などの原義という事だろう。漢字の巾は、布を表す象形文字らしい。

 山の間や木々に隠れて外部から見えない土地を表現する地名は多い。ズバリ「隠(かくれ)◯◯」とか、「カグラ(神楽)」とか。「別当」もそうだと思う。

 自分はこういうのを「カクレ地名」と呼んでいるが、布(巾)の場合も「覆われて見えない」という意味なのではないかと考えた。
 昔はこういう所に隠し田や畑を作って年貢を免れようとする事もあったそうだ。

 「布」がカクレ地名かどうかを確かめるため、布のつく地名を探して地形を確認した。

・雲仙市瑞穂(みづほ)町 小字 布木(ぬのぎ)
 山からなだらかに伸びる尾根に囲まれて、外部から見えない土地になっている。尾根の上も、道がない時代には何があるか判らなかった所が多い。
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     ※Googleマップより

・諫早市小長井町 小字 布川(ぬのかわ)
 川の両岸がずっと奥まで森に覆われ、周囲からは見えない。
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 山の中の隠れた川を「布川」という所は、全国に見られる。
 
・雲仙市吾妻町 布江名(ぬのえ みょう)
 森に隠れた細長い谷間に、川が流れている。「江」はこの場合、川の事。
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     ※Googleマップより

・長崎市布巻(ぬのまき)町 (旧三和町布巻) 
 現在は県道が通って開けているが、地形的には山に囲まれた低地に川が流れる所。巻(まき)は、川の流れが屈曲している様子と考えられる。
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     ※Googleマップより

・南さつま市 内布(うちぬの)地区
 山に囲まれた川沿いに田んぼが続くので「内野々」だったとも思われるが、ちょっと地形が複雑。内側の隠れた土地でも合っている。
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     ※Googleマップより
 やはり、ヌノは、巾の「覆う」という意味から、隠れた土地を指すと考えてよいのではなかろうか。

 そうだとすれば、小字のイチヌノは、「険しい土地の隠れた所」と説明できる。

 長崎県の小字地名総覧の「市布」は、集落の一部が所々隠れて見えないが、遠くからだと全体はけっこう見えている。 
 多良見町郷土誌の「市布」は、林の奥に民家と農地があり、外側からはまったく見えない。こちらのほうが「イチヌノ」っぽい。昭和23年の航空写真からずっと林があるので、それ以前もあったのだろう。周囲にも外から見えない所があちこちにある。 
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     ※Googleマップより 赤丸が外から見えない所
 しかし、この小字地名が地域全体の地名にまでなる理由がよく説明できない。
  
※市布の地名の由来(最終案)  
 ・市布は元はイチノノで「山の谷間に、川沿いの野原が細長く続く土地」
 ・市布は「険しくて外から見えない所」

 このどちらかに決めんといかんのだが、どうも決め手に欠ける。  
 
 まだ悩ましい事があって、福井県の西市布と東市布は、地形の特徴から元は「イチノノ」だったのだろうと思ったのだが、実はどちらも、外から見えない「隠れた土地」でもある。
 そう考えると、他のイチノノも隠れた土地かなぁと思えてくる。

 ああ、どうしよう、決めきれない!  

 う~ん、今回は引き分けということで。

 だが次は負けねえ!必ずお前をリングに沈めてやるぜ!
(なんじゃそりゃ)

 まあ、布(ヌノ)地名が「カクレ地名」かもという事が判っただけでも収穫はあったので良しとしよう。 

 ※参考文献:古代地名語源辞典 楠原佑介編 長崎県の小字地名総覧 多良見町郷土誌

妙見菩薩と湧水 妙見という地名 

長崎地名的散歩
03 /14 2023
 正月早々花が咲く「元日桜」で有名な長崎の西山神社は、元は西山妙見社と言って、星の神である妙見菩薩(みょうけんぼさつ)を祀る神社だった。
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 長崎の歴史を書いた書物では、江戸時代に誰それが個人で祀っていた神を、長崎奉行の許可を得てこの地に祀る云々と、神社創建の由緒が語られる。
 しかし、「なぜ、あまりメジャーでない星の神なのか」「なぜ、こんな裏山の中腹に祀ったのか」という疑問に対する説明は見たことがない。
 越中先生も、ヒロスケさんも、カエル先生も教えてはくれず、長いことモヤモヤしていた。 (カエル先生は専門が・・)


 あるうららかな春の日、わたしは大村市の弥勒寺(みろくじ)町で、湧き水のある場所を探していた。そして、急傾斜地の途中に湧水の溜池と思しき堤を見つけた。
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 大木の下にはお堂があり、鎮座するのは彩色された神像だった。そばの山口家が個人で祀る「妙見さま」なのだと聞いた。
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 「福重ホームページ」によると、400年前に山口家のご先祖がここへ移住した際、大事に抱えて来たのだそうだ。
 
 神像が「妙見菩薩」と聞いて、わたしはすぐに西山神社を思い出した。
 
 「そうばい、妙見社やった西山神社にも「湧き水」のあった!」
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 椎の木の水と呼ばれるその名水は、何があっても涸れる事なく、江戸時代の後期には、山の反対側の麓にあった長崎奉行所まで、長い上水が引かれていたそうだ。

 これはもしかして「湧き水のある所に、妙見さまが祀られた」という事ではないのか?

 妙見菩薩と水の関係を調べてみると、西日本、特に九州の熊本などでは、湧水源に妙見菩薩が水神として普通に祀られており、あちこちに「妙見様の湧き水」や「妙見様の池」がある事が判った。
 
 妙見神は元々、古代中国の信仰における北極星の神格化であり、仏教に取り入れられて菩薩となり、日本に伝わった。菩薩像は、北の守護神である玄武に乗った姿で描かれる。玄武は亀と蛇が絡み合った姿の霊獣で、水を象徴する。
 
 日本において、妙見菩薩は古くは吉祥天と同一視され、吉祥天は水の神である弁財天と同一視された。なので、妙見菩薩が水の神とされても不思議ではない。

 弥勒寺町の山口家にある妙見菩薩像の外観は、「童子タイプ」の吉祥天像とよく似ている。
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 ※現在、お堂は新しく建て替えられ、大きな木は短く切られている。

 西山神社の湧き水が「涸れることがない」のなら、それは神社創建の前からあったはず。つまり「湧き水のある所に妙見社が建てられた」という事になる。

 ここには妙見菩薩の使者である白蛇と龍の絵があるそうだが、これらも水の象徴として奉納されたものかもしれない。

 西山妙見社には、奉行所の貴重な湧き水を守る役割が少なからずあったと、自分は考えている。

 真偽の程は定かではないが、とりあえずスッキリした。山口家のご先祖さまのおかげだ。


 ◎「妙見」という地名

 妙見という小地域の小字地名はあちこちにあり、長崎県内にも多い。妙見菩薩を祀ったことによる地名なのだろうが、上記のことから、地名の「妙見」と水との関係について確認を行った。

・大村市溝陸町 妙見
 田んぼの一番奥の崖の下から水が湧き出している。大村郷村記によると、付近に妙見菩薩が祀られていたらしい。 
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・諫早市天満町 妙見 妙見田
 尾根の先端部の畑と棚田付近。川は無いのに棚田がある。丘の上と近くの崖下に取水設備があり、地下水が豊富だった事が判る。
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・千々石町小倉名 妙見
 雲仙岳の麓、棚田が広がる傾斜地の上の段に、妙見神社がある。DSCF4659A.jpg

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 神社の下の水路に千々石川から灌漑用水が引かれているが、神社周辺に湧水は無い。水の通り道に妙見神を水の神として祀った可能性はありそう。でも、別の理由で勧請されたのかもしれない。

・諫早市森山町上井牟田名 妙見
 井牟田盆地そばの山の上。森山町郷土史によると、妙見菩薩が祀られていたとの事。
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 現在はチサンカントリーのゴルフ場になっている。橘コース5番ホールの、コースとは関係ない池の辺りが小字の「妙見」で、湧水源だったと思われる。
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   ※googleマップ3D地図より
 池から溢れた水は、勢いを弱める加工をした大きな水路を通って、麓の農地の方へ流れるようになっている。山に降った雨の多くがこの周辺を通るので、大雨の時はかなりの水量だっただろう。
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・長与町高田(こうだ) 妙見
 高田小学校の崖の下。川の側は以前から湿地らしい。水が涸れないので開発ができないパターンなのだろうと思う。
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・南島原市南串山町 妙見
 山の上の森に水源があり、斜面の田畑を潤している。現在はポンプ設備で汲み上げている。丘へ登る坂道の途中の、小字「妙見」には妙見神社がある。
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  ※長崎県の小字地名総覧より
 やはり「妙見」は、ほとんどが水との関係を感じられる所だった。


 大きな川が無い土地の農民は、湧水が出続けることで田畑をつくり生活ができるのであって、それがどれほど大切かは考えるまでもない。

 農業用水はもちろん、水は人が生きるために必要なもの。
 湧水は、急に止まったり濁ったりすることもある。昔の人は、きれいな水が出続けることを願って、妙見菩薩やその他の水の神を祀ってきた。

 家でいつでも好きなだけ水が使える現代人は、水がある事に感謝したりはしない。台風や大雪で断水し、復旧した時に、ああよかったと思うだけ。

 暮らしが便利になるのはよい事だが、必要がなくなったものは忘れられてゆく。
 それは、神様であっても同じなのだろう。

地名散歩 釜蓋(かまぶた)

長崎地名的散歩
03 /10 2023

 雲仙市千々石町の海岸にそびえる、釜岳(かまだけ)。

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 真ん中のえぐれたような斜面の麓に「釜」集落がある。


 諫早市飯盛町 下釜(しもがま)

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 千々石湾に面した飯盛町は農業主体の町だが、古くは江の浦と言って、漁民も多かった。



「カマ」のつく地名は、小字地名を含めると全国に数多く存在する。


 地名用語のカマは「咬む」で、浸蝕された地形と言われている。釜底や竈門(かまど)のように、丸く彫り込まれた形の海岸によく見られる。


 地名では大抵「釜」の字になっているが、それは解りやすい字を当てただけで、本当は釜も竈門も関係ないのかもしれない。大事なのはカマという言葉。



 釜のつく地名に「釜蓋(カマブタ)」と言うのがある。


 釜と比べるとマイナーだが、小地域の地名は長崎県内にも結構見られる。


「カマブタ」と言えば普通、ブ厚い一枚板にゲタの歯状の取手が2本ある「羽釜のフタ」を想像するだろう。なので、「カマブタのような地形」と言われてもちょっとイメージできない。そんな形の自然地形など滅多にないはずだ。

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 ただ、カマブタという地名は海岸にも山の中にも存在するので、やはり地形地名である可能性が高いと思った。


 諫早市貝津町、長崎自動車道の諫早インター料金所付近にも、小字の「釜蓋」「下釜蓋」という地名がある。


 近所なので、通る時には眺めてみるが、釜蓋を思わせるような地形は見当たらない。


 何をもって「カマブタ」と言ったのだろうか。



 いろいろ調べてみると、江戸時代以前に使われていた釜の蓋は、薄くてゲタの歯一本のシンプルなものだった事が判った。米を炊く時は、重しの石を乗せていたらしい。


 また、長崎の島原半島や諫早市(旧北高来郡)では、蒸しものをする際の釜の蓋は、竹や草で編んだ椎茸のカサのような形である事を知った。

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 それなら自然地形でも充分有り得る。丸い台地の周囲を石垣で固めなければ、自然にフチが削れてそういう形になるだろう。


 単に「丸くて上が平坦な土地」でもいいのかもしれない。


 古来、島原半島や佐賀県では、結婚式で新婦の頭に蒸し釜の蓋をかざして口上を述べる「釜蓋かぶせ」の儀式が行われてきた。現在も一部では続けられているそうだ。

 結婚式で3つの玉袋がどうのというスピーチは聞いたことがあるが、これは実際に見たことはない。


 ということで、長崎周辺の釜蓋地名の土地が、この「肥前釜蓋」のような丸い台地状の地形かどうかを確認するため、あっちゃこっちゃを、うろんころん見てさるいた。



 諫早市貝津町の釜蓋・下釜蓋は、周囲の地形の起伏が激しい上に、宅地開発も進んでいて特定が難しい。しかし、昭和23年の航空写真を見ると、それらしい地形が写っていた。

 釜蓋と思われる所は、角ばってはいるが、高く突き出して上が平坦に見える。下釜蓋らしき所は、現在は住宅の造成などでだいぶ削られている。

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 「釜蓋」と思われるところ。詳しく調べる前に集合住宅が建ってしまった。

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 雲仙市千々石町の、釜蓋城があった橘神社奥の高台も、やはりそういう地形と言えそうだ。

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  ※googleマップ 3D地図より

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 雲仙市国見町は、淡島神社の近く。「釜蓋」は尾根の先端辺りにアパートが建つ高く丸い部分のことか。「東釜蓋」はそこから少し奥に入ったところ。はっきりココと特定できないが、流曲する川岸が高くなっている所が複数ある。

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 熊本県天草市天草町大江の海岸にある「釜蓋」は、航空写真を見ると岩礁の一部が円柱状になっているようだ。国土地理院の地図で標高を確認すると、丸い部分は周囲より1〜2m高い。現地に行って確認したいが、道がない断崖の下なのでちょっと無理そう。

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 対馬市峰町の海上に浮かぶ「釜蓋瀬」は、船が座礁しないよう警告するための灯標が立つ、丸い岩礁。海上保安庁の写真を見ると、椎茸の傘のような形。

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  ※海上保安庁HPより https://www.kaiho.mlit.go.jp/


 新上五島町桐古里郷の「釜蓋」は、海岸近くの岩礁。真ん中に丸いテーブル状の突起があるが、岩礁自体の形を言ったのかもしれない。

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  ※Googleストリートビューより


 南島原市南有馬町の「釜蓋」は、河口近くの低地。ほぼ平坦地で、高くなった地形は見られない。開発で崩されたのか。ただ、川の流曲部の内外はカマブタとカマの関係であり、内側の土地は円柱状になっている。

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 同じく、南有馬町の「先釜蓋(さきかまぶた)」は、「サキ」が謎だったが、原城跡の台地から伸びる尾根の先が丸くなった所を、そう呼んだのではないか。

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 土のままなので、フチが削れている。



 雲仙市吾妻町木場名の「釜蓋」は、「川のそばの田んぼの所」と地元の人に聞いたが、明確な釜蓋地形は見えない。しかしその周辺には、川の流曲部が丸く立体的になっているところが複数ある。長い年月のうちに浸食されて消えたか、農地整備で崩された可能性もあるだろう。

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 佐世保市野中町の「釜蓋」は、航空写真などで見ると、MR野中駅背後の斜面に、丸い棚状の地形が見えるがはっきりしない。ガソリンが安くなったら行ってみよう。

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 半分はGoogleマップ&ストリートビューと、国土地理院地図で見ただけなのだが、カマブタという地名は、やはり円柱状に高くなった所や、川の流曲部の内側が丸くなった所を指しているようだった。



 さらに、長崎以外の釜蓋も見てみた。


 佐賀県神埼市脊振町の「釜蓋川」は、川がコンパクトに流曲している所が何カ所もある。

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 福岡県大野城市の「釜蓋」は、釜蓋地禄神社のある土地が、明らかに円柱状になっている。

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  ※Googleマップ3D地図より


 九州から遠く離れた長野県安曇野市の「釜蓋」も、川の流曲部の内側。九州に集中するカマブタ地名だが、カマブタと言えば、全国的に円柱形をイメージしたらしい。

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  ※Googleマップ3D地図より


 そういう訳で、今回は「カマブタ」という地名の土地を見てきた。


 ちなみに、沖縄で蒸し芋に使う釜蓋は、植物を円すい形の笠のように編んだもので、方言で「カマンタ」と言う。

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 そして、それに似ている魚のエイも、カマンタと呼んでいる。


 「おまんた」と似ているが、無論、関係はない。


 鹿児島の南側、頴娃(えい)町に、有名な人気観光パワースポットの釜蓋神社がある。(正式名は、射楯兵主神社:いたてつわものぬしじんじゃ )

 頭に釜蓋を乗せて落とさないように歩き、うまくいったら願いが叶うという事で、若い人たちに人気らしい。

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   ※南九州市HP 鹿児島県観光サイト 鹿児島の旅より  


  自分は貧乏人間なので、ここに行ったことはないのだが、Googleの旦那様のお力をお借りして写真を見ると、神社は、開聞岳が美しい円すい形に見える海岸に鎮座している。



 ここはもしかしたら、民俗学者の谷川健一先生が言っておられた「エイを祖先神とする海人(あま)の一族」が、南九州一円の聖地として、エイ神に見立てた開聞岳を遥拝した聖地だったのではなかろうか・・


 そんな空想をしながら、さつま白波をひとり舐める夜だった。


地名散歩 船石町「二双舟」

長崎地名的散歩
03 /06 2023

 長崎市船石(ふないし)町は、山の谷間を流れる川沿いに、田んぼが広がる所。ふなっしーと似ているが、特に関係はない。

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 「船石」の由来は、町の南側の船石岳の山中に、舟の形をした大きな石があることからと聞く。


 町の北部には、山の中なのに二双舟(にそうぶね)という集落がある。なかなか珍しい地名だが、どういう由来なのだろう。

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 集落内には「ニ双舟」という小字がある。ここにヒントがあるかもしれない。場所は、ニ双舟公民館から北側へ登った丘の頂上のダム付近。そこから先は中里町になる。  

 (場所は長崎県の小字地名総覧を前提にしているが、ずれている事もあるようなので注意が必要。少し南側の、地主さんの家辺りという人もいた。)


 ここにある大きな砂防ダムは、昭和50年の航空写真には無いので、長崎大水害のあとに作られたのだろう。

 大水害では、船石町は多くの田畑や石橋なども流されたそうだ。


 船形の石が2つ並んでいるのかと思ったが、航空写真にはそれらしいものは写っていないし、伝承なども見つからない。

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   Googleマップ航空写真より

 ダムの周囲の地形は以前と変わっているし、なぜここが「ニ双舟」なのか、まるで判らない。


 いろいろな可能性を探り、フネは水に浮かぶ舟では無く、水を溜めるフネ、つまり「水槽」の事ではないかと考えた。


 この場所は丘の頂上の背後であり、山の湧水を船石町側と中里町側の田畑に分けていたところではなかったか。

 背後の山には「滝樽(たきたる)」という小字地名があり、明らかに水源があることが判る。

 湧水量が少ない場合も、一旦水槽に溜めておけば、必要な時に使うことができる。


 そしてここには、集落の上水道用タンク設備もある。地下水があるからだ。



 昔、湧水の出や量が不安定な所では、隣村と農業用水を取り合う「水争い」が起こった。平等に水を分ける水槽がひとつずつあればそういう懸念は減る。


 つまり、二双舟には、水槽か溜池のようなものが、ふたつあったのではないか。

 浴槽の事を湯舟と言う。それなら、水槽は水舟と言うのかと思って調べたら、岐阜県の郡上八幡では、現在も生活の一部として水舟という木製の水槽が使われていることがわかった。


 昔は全国的に、大きな丸太を半分に切って中をくり抜いた「槽(ふね)」を、水タンクとして使っていたとも聞く。


 昔、ここにそういうものがあったとしても、現在も残っているはずはない。だが、地形状況から手掛かりを得ることはできるかも知れない。


早速、現地確認に向かった。


 イノシシ除けの電流柵をまたいで山の方へ入る。電線が股間に当たったら大変なので、慎重に越えて、坂を登った。


 そうそう、昔、こんな感じで、水槽がふたつ・・

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 ええ?うッそォ〜!


 いやまさか、本当にあるとは!

 高さは2mくらいで、中にはきれいな水がたっぷり入っている。


 あきらかに、ふたつ並んだ水タンク。これは一体、何の冗談?

 

 ポンプで地下水を汲み上げてここに溜めているらしい。農業用水だろうか?いや、そんなコストを掛けていては、儲けなど無さそうだが。

 その少し上には、レンタルの給水タンク付きトラックが停められていた。いろいろ金が掛かっている。


 水が出なくなったのだろうか?


 沢に下りてみると、水神さまの石祠が祀られており、水は樹脂のパイプからけっこう流れ出ていた。


 奥のほうには、石囲いの溜池。ここは涸れていて、奥が崩れて半分埋まっている。土砂崩れのような感じだった。

 ここにも水神さまが祀られている。池から細い水路が出て、突き出した尾根の先端をぐるりと回って、中里町の方へ続いていた。

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 池は涸れていたが、別の所からパイプで水が引かれ、水路を流れていた。

 この池は中里町用の「フネ」だったのだろうか?


 やはり、ここは水源であり、古くから水を分けた所だったと思う。

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 農作業を終えた年配の人を追いかけ、謎のタンクのことを訊いた。


 当時行われていた西九州新幹線のトンネル工事で農業用の湧水が止まり、工事関係者が補償のため、あちこちボウリングして水を溜めているのとの事だった。

 

 そういうことか!合点、納得、把握、理解!


 確かに、船石町内の少し離れたところを新幹線が通る計画だった。大村の武留路町大岩三社大明神とは逆で、工事で水が止まっていたとは。

 そのあとニュースにもなったが、工事によって水が出なくなった所はけっこう多かったらしい。


 そう言えば以前、昼間に長崎と諫早で大砲のようなドォーンという音が響いてニュースになった事があった。自分も仕事中に聞き「ペルリの黒船が来た」と言って失笑を買ったが、その時はこの辺りのトンネル工事の現場も疑われていたようだ。



 昔、二双舟の辺りが、不安定な水源だったとしたら、木や石囲いの二槽のフネがあったのかもしれない。

 ただ、同じ意味の地名は見ないので、今ひとつ承知できずにいた。


そして・・

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 最近気づいたのだが、昭和37年の二双舟の航空写真を見ると、今よりも山は切り開かれて田畑が多く、ふたつの細長い小山の地形がハッキリ見える。

 そして、ふたつの小山の間は、くびれた形でつながっている。

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 もしかしたら、単純にこの地形が「二双舟」だったのかもしれない。


 

 現在、ここは「恒久渇水対策工事」として、三ヵ所に巨大な水槽とポンプ設備が建設されている。

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 まさかまさかで、ここに常設の水を溜める「フネ」が作られるという、冗談のような話になっていた。

 

 水槽は三つなので、「三双舟」ですがね。 



喜々津は木々の茂る港だったか

長崎地名的散歩
02 /27 2023

 伊木力(いきりき)みかんとタラッタたらみでお馴染みの、

 諫早市多良見(たらみ)町

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 住民に、多良見の中心部はどこかと聞けば、「喜々津(ききつ)んニキたい」と答えるだろう。


 しかし喜々津という行政地名は存在しない。昭和30年の町村再編で、喜々津村、大草村、伊木力村が合併し、多良見村に統合されたからだ。(10年後に多良見町へ)

 

 それなのに、JRの駅名を始め、川や橋や学校名やら、昭和50年代に埋立て開発された住宅地「喜々津シーサイドタウン」やら、至る所にその名が残っている。

 最近、新しくできた駅前の高層マンション群は、着工時に名称を公募していた。何になるかと思っていたら、これまた「喜々津ステーションタウン」。

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 字面がよく、縁起もよさそうなこの地名は、時代が変わっても人気のようだ。


 多良岳が見えるという何とも楽しい理由で命名された「多良見町」も、平成17年に、他の地域と共に諫早市と合併し、自治体としての役割は無くなった。

 う~ん、諸行無常ですのう。 
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 ・多良岳てっぺんだけ?内緒だが、実はこれは五家原岳で、多良岳はその裏という噂がある。

 旧喜々津村には、化屋名(けやみょう) 木床名 中里名 囲名 市布名 西川内名が属しており、現在も「名」を除いた同じ地名が使われている。

 喜々津の漁港は木床にあり、その中に小字の船津がある。喜々津の「津」は港の事だろうから、大昔はこの辺りが中心地だったのではないかと思う。
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 では「喜々津」の地名由来を見てみよう。


 角川日本地名大辞典によると、


 「地名は古く木々津であったが、諫早初代領主竜造寺家晴が豊臣秀吉の朝鮮出兵に従軍の際、恵方であるこの地から出発し、のち無事ここに帰着したので、喜々津に改めた。」と、言うことだ。


 漢字だけ変えたという控えめな地名由来は珍しい。

 

 じゃあ、元々は「木々の茂る港」だったのか?


 それは無いだろう。木と土と石と水ばかりの昔の風景の中で、木々の港と言うのなら、巨木や森など、余程の特徴がなければ地名として成り立たない。


 別の意味を探してみよう。

 喜々津の「津」は、港でほぼ間違いない。


 問題は「キキ」


「キキ」とは一体何だろう。


 「お届け物をする魔女」だろうか?

 いや、この場合は違うような気がする。


 キキとララのキキ? キキ☆とブーバ〇?

 

 キキッ

 ハッ! 猿? 猿なのか?


  

 図書館やネットや、アオイみや子調査室で調べても、納得できるような答えは見つからない。


 地図の神様も降りてこない。


 便所の神様も降りてこない。(はいはい、もうそのへんで)



 キキツ、イキリキ、イチヌノ。


 多良見町にはなぜか、発音するだけで酸欠になりそうな、言いにくい地名が多い。

 長崎弁だと、抑揚と強弱が激しいのでそれほどでもないが、都会のお人が東京弁でキキツ、イキリキ、イチヌノと繰り返し言ったら、頭がクラクラするだろう。


 100回言うと、もっとクラクラするだろう。(そりゃそうだろう)

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 地名の意味については、先人が苦心して集めてくれた多くの「地名用語」がある。その中からヒントを探そう。


 九鬼や久木などと書く「クキ」という地名がある。古い言葉らしいが、その解釈は様々だ。


 断崖絶壁、山の尾根の連なり、山の洞穴、山頂のくぼみ、高く突き出た所、山に囲まれた挟い所 など。

 これだけ意味が多いという事は、地域や時代によっても意味が異なるのだろう。実際の土地の状況をよく確認する必要がある。 


 古代地名語源辞典によると、「クク」や「キク」も、クキの変化したものらしい。


え?じゃあ、『キキ』も仲間なのでは?」


 たわしはそう考え、これらの地名がつく場所の地形を、Googleマップの3D機能とストリートビューで確認することにした。


 なぜ現地へ行かないのかというと、どうせ底辺職の自分には、行く金も暇もないからだ。ほっといてくれ!



・三重県尾鷲市 九鬼(くき)町

 周囲の山の尾根筋が続いている。 ※すべてgoogleマップ3D地図より

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・高知県四万十市西土佐 玖木(くき)

 山に囲まれた狭い所で、尖った山の尾根が続いている。  

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・熊本県菊池(きくち)市

 市なので規模が大きいが、阿蘇の外周近くに尾根の通った山が連なっている。

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・徳島県美波町 木岐(きき)

 深い谷間が屈曲しながら続いている。山の尾根の線が伸びている。

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・愛媛県八幡浜市保内町 喜木(きき)

 ここは、山腹を大きく半分切り落としたような地形で、その「切断面」が尾根のように周りを囲んでいる。

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 喜木から山をひとつ越えた海岸に、喜木津(ききつ)という漁港がある。

 喜々津と読みが同じだ!

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 単に喜木にある港なので、地形に関係なく派生した地名かもしれないが、周りを尾根が囲み、先端が長く伸びて海に突き出している。


 さらに、広島県三原市本郷に、木々津(きぎつ)という地名を見つけた。

 切り立った山が長く続き、曲がった部分の内側に集落がある。

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・これらクキ地名に多く共通しているのは、山の尾根がクッキリと続いている事のようだった。


 クッキリ? もしかして、クッキリのクキなのか?


 調べたら、鮮やかではっきりしているという意味の「くきやか」という言葉が、少なくとも江戸時代初期にはあり、それが現在のクッキリに変化したらしい。

 くきやかの「クキ」が、クキ系地名の語源であれば納得がいく。



 では、我らが多良見町の喜々津はどうだろう?


 山の尾根が続くような印象は全く無いのだが‥。


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 あーっ! 尾根あるじゃん!尾根!


 👆ホラホラ!尾根!


 途切れがちだが、尾根が虚空蔵山のてっぺんから海まで伸びている。

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 近年は道路整備のためにあちこち削られ、採石場の所は大きくえぐられているが、昔はもっときれいな山だったのかもしれない。


 尾根は虚空蔵山の奥で右側にカーブして続き、一旦折れたあと、東園地区をぐるりと取り囲んでいる。

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 陸からでは判らないが、舟で海から来た者にはその形がよく見えただろう。


 

 問題は、もし喜々津の近辺に、尖った山の尾根が続く所が普通にあれば、「キキ=尾根」説は怪しいという事になる。


 神様、仏様、環奈様、アーメンソーメン冷やソーメン(昭和)と祈りながら航空写真を眺めたが、同様のクッキリ尾根は他に見当たらなかった。


 やはりキキは、尾根が長く続く地形と考えてよさそうだ。


 ひとつ解らないのが、昔の人はなぜ、ハッキリクッキリした尾根だけに、クキとかキキとかの地名をつけたのかという点。

 何か特別視する理由があったのか。たとえば、古い信仰に関係してるとか・・。

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 さて、長くなるのでこの辺でやめておこう。


 今回は、喜々津は「山の尾根が続く所の港」だったのかもというお話。


 喜々津という地名が、行政地名として復活する事は無さそうだが、これからも末永く「喜々津んニキたい」と言われ続けるだろう。



  ※参考文献 古代地名語源辞典 楠原佑介編

Ramblingbird

長崎南部の自転車散歩やどうでもいい出来事を、小学生ギャグを交えて書き散らします。お下劣な表現を含みますのでご注意下さい。