福岡散歩 筥崎宮と香椎宮

先週の日曜日、仕事に関する試験を受けるため、
同じ課の4人で社用車に乗り、福岡へ行ってきた。

1707DSCF2928R1.jpg 

この歳で試験もないもんだが、メシを食うため
には仕方がござらん。

親方さまぁ~、いつもあっしにお仕事をいただいて
おありがとうございまさぁ~ ゲヘヘヘ~


午後からは自由行動17:00集合と決めて解散。

若い衆は賑やかな所へ遊びや買い物に向かったが、
わしはお爺さんなので神社へ行くことにした。

駐車場の前の通りをバスが通った瞬間、足元の
歩道がゆわ~んと揺れる。ゲッ!やはり地盤が
やわらかいのだろうか?

福岡の交差点で起きた大きな陥没の事を思い出し、
暑い中だったが、股間だけ少し涼しくなった。


福岡市へは仕事では行く事はあるが、個人的には
もうぜんぜん全くいっちょん行かなくなった。

20年くらい前は、長崎にはまだパソコンパーツを
売っている店が無く、毎月のように博多へ通った。

高速は贅沢なので、ランサーターボで諫早から
有明海沿岸を北上し、鹿島から佐賀大和に抜け、
三瀬峠を越えて行った。あちこち寄り道したり
違う道を見つけたり、ドライブも面白かった。
わしもまだ若かったんじゃな。


まずはおみやげを買いに福岡空港へ向かう。
目当てがある訳でないが、長崎も佐賀も空港には
いろいろ売っているので福岡もあるはずだ。

地上は歩くだけで汗が出るので地下鉄で行く。
1707IMG_20170723_130504.jpg 

福岡の地下鉄には、今回初めて乗る!
緊張して知らないおっさんの膝の上に座らない
ように注意した。


空港のみやげ物街はオッシャレ~な小さな店が
たくさんあったが、特に欲しいものはなかった。
1707IMG_20170723_133621.jpg

明太子は多いが、珍しい酒や食べ物は目につかず、
結局ありきたりな、あまおう味のお菓子を買った。

空港の外にも出てみたが、建物がデカ過ぎる上、
真四角なので写真映えしない。ガッカリして戻る。


それから地下鉄で筥崎宮(はこざきぐう)へ。
中洲川端で箱崎線に乗り換える。

途中、馬出(まいだし)九大病院前という変わった
地名の駅があった。

「丸出し九回変態前」という最高にくだらない
ボケを考えたが、隣の席の若いおねえちゃんに
教える訳にもいかないので、心の中にしまった。


地下鉄の駅は参道の途中。入口の屋根が和風だ。
1707DSCF2933.jpg 

幅のある参道が海から続き、敷地はかなり広大。
1707DSCF2932C.jpg 

参道脇では古物市が行われていた。
1707DSCF2935.jpg 


聖あれば俗あり

半常設システムの屋台は、焼鳥とラーメンの店だが、
無論、オチャケが目当てであろう!この酔っぱらい共めが!
1707DSCF2937.jpg 
ええのう~ ええのう~


やはり福岡を代表する神社。建物もデカイ!
1707DSCF2938.jpg 


社務所だけでも体育館のようだ。
1707DSCF2942.jpg

ここは八幡神社なので、祭神は応神天皇。
そして、応神天皇の母である神功皇后。
それから、玉依姫命。


境内には、前面がガラス張りの木の祠堂があり、
中には巨大な応神天皇の木像が鎮座している。
1707DSCF2949.jpg 

これは元々銅像の鋳型の原型だそうだが、近年
保存先から奉納され、公開されているらしい。


神門の扁額に「敵國降伏」と書いてあるのが
有名らしい事を初めて知った。
1707DSCF2947.jpg

ウェキョペジャワーによると、この筥崎八幡宮は、
宇佐、石清水と並び、日本三大八幡宮と謳われたが、
最近では、鶴岡八幡宮にその座を奪われそうだと
いう事だった。

これはちょっとムリしてでも立派にしておく
必要があるだろう。

ガンバレ!福岡県。


また地下鉄に乗って北へ。次は香椎宮へ向かう。

箱崎線の終点、貝塚で、地下鉄は地上に出る。
1707DSCF2964.jpg 


そこから、ぷりちいな西鉄電車に乗り換える。
1707DSCF2966.jpg

地下鉄で買ったチケットは、貝塚で地下鉄出口と
西鉄入口の自動改札を連続で通して持ち込む。
たぶん、そういうシステムのはずだ。

でももしチケットが出てこなかったら、混乱して
改札にお~いお茶を流し込んで浮かせて取ろうと
して事務所に連れて行かれるかも知れない。

怖すぎるので念のため駅員さんに確認すると、
それで大丈夫ですよと教えてくれた。しかし
明らかに江戸時代の人間を見る目をしていた。


香椎宮前の駅で降り、まわりをキョロキョロする。
駅舎の裏手の高台に神社らしい建物が見える。

こんな近くだったか?

歩いて行くと、香椎宮に関する案内板があり、
車道には石の大鳥居がドドーンとそびえている。
1707DSCF2972.jpg

よく見ると、鳥居の足は車道にはみ出していて
クルマはすれ違えず、片方が必ず待っている。
踏切の近くだし、けっこう大変そうだ。


とりあえず急坂の上の建物まで登ってみるが、
人はおろか、猫の子一匹いない。
神社のような建物だが、まるで倉庫だ。

よく見ると、香椎宮頓宮と書いてある。
1707DSCF2973C.jpg 

頓宮(とんぐう)?

肉をはさむステンレスのアレか? いや、絶対に違うだろう。

後で調べたら、仮の宮、お旅所のようなものらしい。
お旅所でBBQをしたのか? (←しつこい)

仮宮は、崖の上から西北の海の方を向いて建っている。
その延長には、海の中道、対馬、そして朝鮮半島。
古代の神は何を見ていたのだろう。

もう一度、地図を確認。やはりここは参道のようだが、
本宮はけっこう遠くにあるらしい。

これは失敗!
帰りはタクシーで駅まで行かないと
集合時間に間に合わないかも。

あっでもここから大濠公園行きのバスもいるようだぞ。

1707DSCF2975.jpg 

とにかく参道を汗だくで一人競歩して、ようやく到着。
1707DSCF2994.jpg 

今回は雰囲気を見て参拝だけしよう。よければまた
ゆっくり来ればいい。(何年後かは知らんが)


ここも筥崎宮と同様、大きくて立派な神社。
1707DSCF2979C.jpg 


境内にはがうろついていた。
1707DSCF2978.jpg

鳩はエサをもらいホーダイらしく、捕まえて今晩の
おかずにできるくらい逃げなかった。


狛犬が、小顔‥と言うのか、何と言うのか、初めて見る
タイプのもの。 いや、変とはまだ言ってないから!
1707DSCF2985.jpg 

見上げると迫力があるようにデフォルメしているのか?
遠近法?
1707DSCF2982C.jpg 

下を大きく作りすぎて頭の材料が不足した訳でもあるまい。
頭を彫ったところで、縮尺を間違えた事に気づいたのか。

う~む、謎は深まるばかり。


香椎宮の主祭神は、仲哀(ちゅうあい)天皇と神功皇后。
仲哀天皇は、筥崎宮の主祭神である応神天皇の父。
1707DSCF2987.jpg

どちらが格が上とかではなく、海洋民を従えた古代の
覇者を祀ったところである事に違いはない。
1707DSCF2988.jpg

元寇の足跡が残る福岡の地には、いろいろ見る所がある。
どっかの海岸には蒙古に対する防塁とかもあるらしい。

糸島半島あたりにも行く計画をしているが、なかなか
体が動かない。だれかおんぶして連れて行ってほしい。


帰りは大濠公園行きのバスに乗ってみた。
公園は待ち合わせ場所から1キロほど先の所。
渋滞して着かないようなら途中で電車に乗ればいい。

到着予定時間を訊くと、16時36分の予定との事。
ヨシ!それなら福岡城跡もチラッと見れそうだ。

しかし、例の道路の大鳥居前後で渋滞!前に進まない。

お盆が落ちるよりハラハラしたが、線路を越えたら順調。

それにこの路線バスは、な~んと!都市高速経由。
普通の路線バスなのに!
1707DSCF3001.jpg

これはちょっと長崎では考えられない事だ。
なぜなら長崎には都市高速が無いから!

やはり福岡は九州一の都会ですたい。


高速道路から、筥崎宮参道の海岸の鳥居が見える。
1707DSCF2999C.jpg 

つまりは海から来た神という事なのだろうか。


バスは結局、予定より10分近く遅れているようだ。

待ち合わせ場所を過ぎ、福岡城跡に一番近いバス停で
降りてダッシュ!堀の上に登ったが、本当に城跡の
石垣があるだけ。でもかなり大きい城だったのが判る。
1707DSCF3009.jpg 

ここは平和台球場の跡でもある。
気の荒い福岡県民の逸話が残る地だ。

1707DSCF3014C.jpg 

遥か古代に、命がけの日を過ごした海洋民の息づかいは、
現在の福岡人に受け継がれているような気がする。


さあ速やかに戻ろう。

時計を見たら16時53分!ヤバーイ!バスバス!
バスに乗る距離でもないが、歩いて7分では着かん!

西鉄バスは、無慈悲にも目の前を走り過ぎていった。

こうなればもう、一人競歩しかない!

見知らぬ街を汗だくで早歩きし、最後は小走り。
17時00分。次の交差点から昭和通りに出ればすぐだ。

もうすでに、汗でズボンとパンツと尻が一体化している。
クルマに乗せてもらえないかも知れない。

結局、数分遅れで到着。

ああ、きょうはよく歩いて疲れた。

しかし、気分のレベルはだいぶ上がった気がする。
マイムマイムを踊ってもいいくらいだ。

うん、やはり都市にはエネルギーが溢れている!


福岡周辺は、元寇が来襲した地であり、古代国家の
重要拠点だったことは間違いない。

筥崎宮の「敵國降伏」は、武力でなく神威によって
敵の心を変え、思いとどまらせる意であると言う。

平和で便利な世の中では「敵国」は自分の心の中に
あると、誰かに説教されるだろう。

先の見えない時代になり、神仏を忘れかけた人々は、
不安を消すために、変なものばかり信じている。

煮詰まった時は、いろいろ考えず神社に出かければ、
チカラのカケラを分けてもらえるかもよ。


スポンサーサイト

テーマ : 日々の出来事
ジャンル : ブログ

鳴滝の月玉神社?

長崎市鳴滝2丁目 片渕中学校の丘の中腹に、
月玉神社という変わった名の神社がある。

グーグルの地図で見つけた。

月玉神社なんて聞いたことが無い。読み方も不明。
昔の長崎の風流な文化から生まれた神様なのか?
ネット検索しても、ここの事しか出てこない。

グーグル以外の地図を見ても、月玉神社だ。
平成28年10月の、長崎史談会主催の史跡めぐりにも
月玉神社とあるので、間違いでは無いのだろう。

気になるので、以前、何かのついでに行ってみた。

階段を上がった崖の上に、それらしい建物があった。
1706DSCF8219.jpg

小じんまりとした社殿で、一見普通の家に見える。
隣の住宅とぴったりくっついていた。

これは鳥居の跡らしい。
1706DSCF8225.jpg

社殿正面の軒下に、それだけがちょっと古そうな神額。
建て替え時に、古い社殿からはずしたように思える。
1706DSCF8221C.jpg
右から、月 玉と彫られているようだ。

近所の人に話を聞きたかったが、夕方で誰も外にいない。
階段の町なので自転車も通らない。

他の用事もあってこの日は退却し、しばらく忘れていた。


ある日、また思い出して、この時に撮った神社の写真を
見ていたのだが、どうも何か引っかかる。

魚の骨だろうか。いや、違う気がする。

そうだ!
1706DSCF2546S.jpg

これは、「月」では無く、くずし字の「舟」だろう!

本当は舟玉神社ではないのか?


舟玉は、船霊(ふなだま)様と呼ばれる神様のこと。

船霊神社は全国にあり、元々は海上安全を祈願する神社。
舟玉、船玉、船魂などいろいろな書き方がある。

しかし、長崎では昔から、海の神様は金比羅神社だ。
諏訪神社の背後の山、金比羅山の上にある。
その他にもたくさんある。

船霊神社は県内には見当たらないが、漁民は、舟に
船霊様を乗せて安全祈願をしたという話を聞く。

諫早でも、漁をする小舟は、フナダマ様のご神体を
舟の専用スペースに納めていたそうだ。


ウ、ウエキ ゅペヂヤ^ー等によると、漁民の他、船員や
船大工
も船霊様を祀っていたらしい。

だが、ここは海からは離れている。
以前、この地域にまとまって移住した人達がいて、
先祖の祀る神様を勧請したのかも知れない。

これはよく調べてみないと判らない。

しかし、例えば神社が一度途絶えて再興したとしても、
神社の名が忘れられる事などあるのだろうか。
「舟玉」が「月玉」に変わる事が。

いずれにしても「金」ではなくて、本当によかった。


よ~し、これは再調査だ!

きょう、雨が上がったので行ってみた。
前回とほぼおなじ状態で、鳥居も無いまま。
1706DSCF2542.jpg


よく見ると、隣の家と社殿は中で続いているようだ。
当然、ここの家の人がお世話をしていたのだろう。


近所の人がいたので神社名を尋ねると、少し考えて、
やはり「月玉(つきたま)神社」だと答えた。

現在はもう、やめているとの事だ。

神社をやめると言うのも変な感じだが、氏神様では
なく、個人の方が祀られていた事がこれで判った。

やめたというのは、事情があるという事だろうし、
隣の家をわざわざ訪問するのは控えた。


手がかりを探していたら、社殿の裏にスペースがあり、
石塔が祀られているのが見えた。古そうだ。

1706DSCF2550.jpg

亨保十六年 一石一字経之塔 と彫ってある。
西暦だと1733年 徳川吉宗の時代。

一石一字経は、調べたら一般的には一字一石経と言い
お経の文字を一文字づつ沢山の小石に書いたもので、
それを埋めて塔を建て、何かの供養をしたらしい。

もうひとつの石塔は、所々しか読めなかったが、
横に、亨保十七年八月十九日とあった。

どちらも仏教関係のようだ。昔は神社も寺も一緒の、
神仏混淆(こんこう)というスタイルが普通だった。

やはり神社自体は古いものなのだろう。


谷の下に行ってみる。
1706DSCF2541.jpg

ここは県営住宅の廃墟だろう。長崎県マークがある。
1706DSCF2608.jpg

以前は県営バスの車体にもこのマークがついていた。

 
鳴滝川。雨上がりで水の音がドウドウと響いている。
低音が反響してうるさいくらい。
1706DSCF2595.jpg

昔は、平堰(ひらいで)と言う地名だったが、水が
落ちる音から「鳴滝」と名付けられたと言う。

地下水も多く、長崎大水害の時は被害が大きかった。


地元の年配の方に会ったので、神社のことを訊いてみた。

やはり名称は「月玉(つきたま)神社」だそうだ。

何十年か前まで、神社の隣の家の老夫婦が祀って
いたとの事だった。二人が亡くなってからは後を
引き継ぐ者がなく、祀られなくなったらしい。

誰が参拝に来ていたのかと訊いたら、

「船乗りさんたちが来ていた」との事だった!


イ、イエエエエエエエーーーース!!

やっパリ、ロンドン、ニューヨーク!(←昭和)

神額の通り、ここは舟玉神社だったに違いない!


けっこう短い間に名称が変わってしまったのは
驚きだが、こういう事もある事がわかった。


「フナダマ神社」だったのなら、長崎では珍しい
はずなので、民俗学的には貴重な例だろう。

無くなるのは仕方のない事だが、伝える事は出来る。
今のうちに記録を残しておいた方がいいと思う。


テーマ : 長崎
ジャンル : 地域情報

雲仙 大黒天の幻想的な森

雲仙温泉街の近くに、おしどりの池という大きな池がある。
これは、実際は別所ダムのダム湖で、人が作ったもの。

温泉街側の畔には旅館が並び、湖を一周する散歩道もある。
SDSCF7003.jpg

去年の晩秋、雲仙温泉街を訪問した。
近くの駐車場(無料!)にクルマを停めて、自転車でうろつく。

ダムの堤を渡った所には、大黒天の鳥居。   (ん?まさか、写真が無いとか?)

この湖畔の奥には、大きな自然石に彫られた大黒天像があり、
神社として祀ってある。

毎年10月に大祭があるようだ。

大黒天は七福神のオリジナルメンバーだが、日本神話の
大国主の命とも同一視されている。

細い舗道を進むと、一番奥の方に二の鳥居が見える。
SDSCF7009.jpg

ここは、長崎の新観光百選にも入っているらしい。
SDSCF7010.jpg

階段を登るとそこは、鬱蒼とした苔の森。
SDSCF7036.jpg

高い木が天に伸び、ただ静寂。
SDSCF7011.jpg

湖のそばで湿度が高いためか、倒木にキノコが無数に自生している。
SDSCF7023.jpg

だが、持って帰るのはやめとこう。
家内が、ウヒョヒョ!ウヒョヒョ!と叫びながら踊りまくっては困る!


薄日が差し、ほわんと夢の中のような柔らかい空気感。
SDSCF7013.jpg

ちょっと幻想的でもある。

キモ美しい、とでも言うのだろうか‥。 (言わんだろう)
SDSCF7016.jpg
荒々しい岩が、苔のスウェードに包まれて横たわる。

地面がオレンジ色に染まっているのは、枯れた
杉の葉が積もっているから。
SDSCF7024.jpg
この光景は、冬限定なのかも知れない。

荒々しい岩を回りこむと、上方の自然石に彫られた大黒天像。
SDSCF7021.jpg

どことなく、東南アジアっぽい雰囲気もある。
SDSCF7021C.jpg

神秘的でリアルな背景と、ちょっとユーモラスな福の神の対比は、
水木しげるの世界にも通じる。


しかし、雲仙は昔、修験道の山だったはず。
大黒天は、ちょっとイメージが違うなあ‥。

いつ誰がこれを彫ったという情報は見かけなかったが、
そんなことは、どうでもいい。銀でもいい。アルミでもいい。

SDSCF7033.jpg

雲仙に来た時は、また立ち寄ろうと思うだけ。
SDSCF7004.jpg
う~ん、よか散歩コースばい ! !

にほんブログ村 地域生活(街) 九州ブログ 長崎県情報へ
仕事なんて、キライだああああああああああああああああああああ! 寝る。

テーマ : 長崎
ジャンル : 地域情報

土師野尾(はじのお)の熊野権現

諫早市 土師野尾(はじのお)町は、諫早警察署から
飯盛へ向かう県道41号線の、緩やかな山間部にある。

土師は、むかしの陶器を焼く職業の事で、それに関する
地名と言われている。実際に窯跡もあるらしい。

ここを走ると、八天狗の巨大な鳥居がイヤでも目に入る。
SP5030006.jpg
この辺りが集落の中心部。


先日、土師野尾方面へ調べものついでに自転車散歩。

畑のあぜ道をゆく。正面、遠くに見えるのは杵の川酒造。
SDSCF6537.jpg

県道に出ると、夜中に妖怪バスが来そうなバス停。
SDSCF6539.jpg

すっと上の方には、自然のままの沢もあったりする。
SDSCF6589.jpg


大鳥居から県道を挟んだ辺りに、旧道が一部残っている。
クルマでは通らないが、自転車なのでふらっと回った。

おおっ、こんなところに神社が!
熊野権現を祀る、熊野神社らしい。
SDSCF6543.jpg
Google地図には表記が無かったのでノーマークだった。

重しの石がデカい!

あれが落ちてきて頭に当たったら、間違いなく、痛い。

よし、時間があるので見に行こう!

神社には古いものが残っている。中には昔の人々の
暮らしや生き方が思い起こされるものがあったりして
実に晩酌がすすむ。 (動機が‥)


一の鳥居をくぐった先に、二の鳥居。 (普通、そうだろう)
SDSCF6546.jpg

うう~んここはどうも、むか~し来たような気がする。

たぶん、550ccの軽四駆の箱バンでうろつき回って
いた頃、探検に来たような記憶がある。

鳥居は、軽トラがギリギリ通れる幅のようだ。
タイヤの跡がある。背の高いバンが通るかは微妙‥。


沢沿いの参道を進むと、程なく、よい雰囲気の神社が現れる。
SDSCF6587.jpg

背後は崖。神木がそびえ立ち、苔むしているが、
暗いという程でもなく、気持ちのよい木陰。
SDSCF6580.jpg

小鳥さんがピチクリピーと遊びに来る静かな境内だ。
SDSCF6584.jpg


瓦屋根の仏堂には、観音さま、弘法さま、一番左の
木像は、お釈迦さまっぽいがよく判らない。薬師さまかも。
SDSCF6582.jpg

木や粘土作りの仏像が屋外にあるのは傷みが心配だが、
自然のままに、諸行無常という事か。


社殿内には、大きな木彫りの浮立面が奉納されている。
SDSCF6561.jpg

SDSCF6562.jpg

左右それぞれ、阿吽(あ・うん)の形相。

あ・いーんの形相では無い。

巨大過ぎて、頬に固定ボルトが露出しているのが惜しいっ!


集落の近くだからか、掃除も行き届いていて気持ちがいい。
SDSCF6583.jpg

仏さまのシバも新しく、今朝炊いたと思われる大きな
オッパンさんが、それぞれにお供えしてあった。
SDSCF6575C.jpg

八天狗の大鳥居と言い、住民の篤い信仰心は、現在も
受け継がれているのだろう。


パワースポットとか、そういった大層な所ではないが、
ぽわ~んとなごめるので、ぽわ~スポットくらいだろうか。

(寝言をゆうな)

近所なら散歩で寄りたいほどに、落ち着けるよい神社だった。

ただし、

目の前の景色が全て、広大な解体屋という事を除いて‥。
SDSCF6550.jpg

SDSCF6567.jpg

惜しいっ!


にほんブログ村 地域生活(街) 九州ブログ 長崎県情報へ
忙しくてブログもなかなか書けません。さがさないで下さい。

テーマ : 長崎
ジャンル : 地域情報

プロフィール

Ramblingbird

Author:Ramblingbird
長崎南部の自転車散歩やどうでもいい出来事を、小学生ギャグを交えて書き散らします。お下劣な表現を含みますのでご注意下さい。 

記事一覧
最新記事
カテゴリ
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
月別アーカイブ
最新コメント
↓よろしかったらランキングにご協力をお願いします

人気ブログランキングへ にほんブログ村 自転車ブログ ポタリングへ
にほんブログ村 にほんブログ村 地域生活(街) 九州ブログ 長崎県情報へ
にほんブログ村
検索フォーム
リンク