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◯◯の木 ─ 長崎地名的散歩 ─

長崎地名的散歩
05 /28 2023

 地名についてあれこれ詮索していると、「至って普通のようでも、土地の状況を表す地名として意味を成さないもの」があることに気がつく。


 たとえば、多良見町東園地区にある「山の木」
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 山に木があるのは当たり前で、しかも無数に立っている。地名の意味が「山の木のところ」では、そこら中すべてが該当するため、場所が特定できないではないか。
 これじゃ、「今どこにいる?」「えっとねぇ〜道路の横にガードレールがある所〜」というような説明と少しも変わらない。

 最初は、アホがつけた地名なのかと思ったが(そんなワケあるかい!)、調べるうちに、別の意味がある事が判ってきた。

 古代地名語源辞典/楠原佑介編によると、地名のノキ・ノギは、「退き、除き」で、崩れやすい崖・崩れた崖を表すと言う。ホンマかいなと自分で見て回ったら、大抵その通りの土地である事が確認できた。
 高知県の方言では、「のく」は、剥がれる、取れる、落ちる、抜けるという意味だそうだ。方言には古い言葉が残っている事が多い。

 つまり、山の木は「山退き」で、過去に山が崩れた所だと思われる。

 東園の「山の木」周辺は、その部分だけ背後の山の斜面が、途中から一定の角度で扇状地のように海岸まで続いている。崩れてなだらかになったのだろう。
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     googleマップより
 「山の木バス停」は、長崎県の小字地名総覧の「山の木」から少し離れているが、山の斜面は大きくえぐれて、海岸の部分はせり出している。ここも元々は「山の木」の範囲だったのかもしれない。
 中央の四角い住宅地の部分は、元は田んぼで背後は崖だった。

 諫早市小ケ倉町には、小字の「山の木前」がある。「前」は単に「(その)前の所」だろう。行って見たら、崖の表面が崩れて、ブルーシートと土のうで応急処置をしてあった。小崩落を繰り返しているのではないか。
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 諫早市目代(めしろ)町の「山の樹(き)」も、山際の住宅の裏側はコンクリートと金属フェンスで崩落防止の対策がされている。
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 付近の道路脇の露頭などから、ゴロ石を多く含む地層である事が判る。
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 大村市今村町、長崎自動車道の今村パーキングエリアそばにも「山の木」がある。低い山に畑が広がり、どこが崩落していてもおかしくない程、不自然に入り組んだ地形になっている。
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     googleマップより
 
 小字地名の地図を見ると、現在では消えかけている「〇〇の木」という地名がたくさんある事が判る。基本的に崩壊地なのだが、いろんなバリエーションがあって面白い。元の意味が忘れられ、名称が変化しているものもある。

 今回はそんな、「〇〇の木」地名を見ていくよーん。

 諫早市久山町の山の中腹に、「花の木」という、古くからの農業集落がある。
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     googleマップより
 なかなかプリティーな地名であることよと思っていたが、ハナは鼻のように突き出した地形であり、集落下の「鼻」の部分の崖がたびたび崩れていたものと思われる。


 「森の木」という小字地名もあちこちに見られる。メルヘンチックな地名のようだが、さにあらず。
 諫早市多良見町西川内の森の木は、今にも崩れそうな急傾斜地の山林。地盤を固めるため手前側に植えたと思われる竹が、倒れまくっている。
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 森の木は、森林の崩崖を指す地名のようだが、モルは、古語で「もぎ取る」の意味なので、単に「もぎ取ったように崩れる所」の可能性もある。

 諫早市小豆崎町の小字「森の木」も、周辺が険しい崖だらけ。
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 小豆崎(あずきざき)の「アヅ」自体が、崩崖を表す地名用語だ。この辺りの土の斜面には、ゴロゴロした石が多く含まれている。


 「風の木」と書いてフウノキと読む小字地名も長崎のあちこちにある。ポエムチックな感じの地名だが、やはりこれも崩壊地名のようだ。

 封(ふう)という字は「土をかぶせて塞ぐ」という意味の象形文字。つまり、フウノキとは、「斜面が崩れて塞がった所」だと思う。
 フウまたはフウノキ(楓の木)という植物があるが、これとの関係は特に見られない。名前を借りただけだろう。

 諫早市下大渡野町にある小字「風の木」は、本野小学校から本明川を挟んだ県道付近。そばの高い急崖は、全面をコンクリートで固められているが、むかしはたびたび崩落していたに違いない。
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 昭和50年の航空写真を見ると、斜面が大きくえぐれ、流れた土砂が川の側に堆積したであろうことが推測できる。
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     国土地理院 空中写真サービスより

 諫早市小長井町川内の長里川沿いに、3月に花を咲かせる大きなオガタマの巨樹があり、ローカル観光スポットになっている。
 その奥に、小字の「楓の木」がある。行ってみると、やはり急斜面が崩れて道を塞いだと思われるところだった。
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 部分的に石垣の無い所が、小字地図の楓の木と一致している。この崖下に転がっているたくさんの岩は、斜面を転げ落ちたものではなかろうか。
 昭和50年の航空写真では、この部分だけ畑が途切れ、地すべり跡のような地形が見える。
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     国土地理院 空中写真サービスより


 極めつけは「恋の木(こいのき)」! なんというラビンユーな地名だろう!

 場所は、諫早市の五家原岳中腹で、長田から上る県道184号近くの斜面。
 コイはおそらく「越え」が変化したもので、尾根道を横切って越えていく部分が崩落していたところだったのではないか。
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     googleマップより

 そのほかにも、植物の名称や特徴を盛り込んだと思われる「〇〇の木」地名は多い。

・楠の木(くすのき):崩れるのクスと退きで、二重の崩壊地名か。川岸などによく見られる。

・榎の木(えのき):エは「壊」または「崩(く)え」、あるいは川を意味する江で、「江・退き」かもしれない。やはり川岸や山の斜面などに見られる。
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     googleマップより

・桐の木(きりのき):山の斜面が、タテ方向に切ったように崩れたところ。同じ地形で「きりき」と読む場合もあるが、「きりのき」が短縮されたものだろう。

 昭和50年の諫早市久山町の桐の木。現在は木が生い茂っていて地形はほとんど確認できない。
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     国土地理院 空中写真サービスより

・須田ノ木(すだのき):スダはどんぐりがなるスダジイのこと。スダジイは、木の表面に縦向きのヒビが入るのが特徴。
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 老木になると根も張り出して、こんな複雑な形状になる事もある。
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  写真:庭木図鑑 植木ペディアより

 大村の須田ノ木町は、建ち並んだ住宅で判りにくいけれど、多良岳から伸びる長い尾根に沿った凹凸が激しく、スダジイの表皮のように見えていたのではないだろうか。
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     googleマップより

・チシャの木:チシャノキは、高く育つ木で、若葉がレタス(和名:チシャ)に似た味がするため食用にもされる。その事からチシャノキと言うらしい。この地名を調べていて知ったのだが、玉チシャ(玉レタス)は、意外にも室町時代頃から日本にあったそうだ。
 
 レタスは、茎の根元を切ると白い乳液がにじみ出る。この事から、水が染み出す崩壊崖のことをそう呼んだのではないかと思う。
 ちなみに、チシャは「乳草」が語源との説がある。
 チシャの木は、チチャの木・チサの木とも言う。

 諫早市森山町のチサノ木は、幅広い面をコンクリートで覆われた崖の下で、土地の年配者の話では、むかしはこの辺りの崖から水が湧き出ていて生活用水にしていたそうだ。
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 これは昔の水場の跡と教えてもらった。
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 いろいろ挙げてみたが、ノキは単に場所を表す接尾語「キ」の可能性もあり、「〇〇の所」なのかもしれない。その場合、クスノキやエノキは「崩れやすい所」となる。

 
 大昔、長崎市を含む長崎半島(野母半島)一帯から佐世保あたりまでは、
「彼杵の郡(そのきのこおり)」と呼ばれていた。
 この辺りの地層は古く、何万年も前のものが露頭している所もあり、海岸も山も侵食されて崩れているところが多い。長崎港周辺も高い急崖が目立つ。
 もしかしたらこれも「〇〇の木」地名かもしれない。

 現在は「そのぎ」と濁って読み、西彼杵郡(にしそのぎぐん)と東彼杵郡に分かれ、範囲もだいぶ狭くなっている。

 彼杵(そのき)の地名由来については、現在の東彼杵町の伝説がある。昔、この村の上空に一本の不思議な杵が出現し、安全寺で神楽を奏したところ、空から杵が舞い降りてきた。村の衆が集まって「その杵(きね)!」「その杵(きね)!」と指差して叫び、輪になって踊りまくったので、彼杵という地名になった、というような話だ。
 なるほどそういうことか!と納得したが、よく考えるとこれはどうも違うような気がする。(しらじらしい!)

 昔は背を「ソ」と読んだため、「背後(ソ)が崩崖(ノキ)」という説もある。
 「長崎は海岸からちょっと歩けば山に当たる」などと言われるが、確かにその通りかもしれない。海岸が断崖だったり、山すそだったりする場合も多い。

 「背後が崖」これが一番、彼杵という土地の特徴を捉えていると思うのだが、どうだろうか。

 

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Ramblingbird

長崎南部の自転車散歩やどうでもいい出来事を、小学生ギャグを交えて書き散らします。お下劣な表現を含みますのでご注意下さい。