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有喜のしらひげさまと龍神さま

サるくリング~自転車散歩
07 /23 2014
そう言えば有喜(ウキ)の漁港には自転車で行った事がなかったはず。
クルマで行ったのも何年前のことか‥。

これはイカン。早速しっぱつじゃ!

今回は小川町のもみの木村から小ヶ倉ダムを通って
国道251号に出るコース。

もみの木村の信号を曲がるとだんだん道が狭くなり、分かれ道。
間違えたかと思うほど細い田んぼ道だが、真っ直ぐでOK。
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三叉路の小屋に、手作りの案内標識があるが、クルマだと
雑多な看板の中から瞬時に見つけるのは難しいだろう。
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ダムへ登る坂は短いが急坂。でもキツイのはここくらい。
あとはダム湖と田園風景の中を、おはら節やひえつき節を
口ずさみながら走ってゆくと、国道251号線に出る。
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251を東(左側)へ進み、登り坂の手前の交差点を右折すれば有喜の町。
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有喜は古くから漁港として栄えて来た。
海岸近くには大きなえびす像。
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七福神で有名なえびす様は、漁業や商売の神様。
町のあちこちに祀られている。
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いい笑顔!

海岸の左側には、諫早市が管理する海水浴場がある。

有喜UKIビーチ!
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ダダッ広くはないが、まだ新しくてキレイだ。
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河口近くにある、白髭神社。(しらひげじんじゃ)
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伝説により、武内宿禰(たけのうちのすくね)を祀る。

大昔、白髭の老人と家来衆を乗せた大船が嵐で壊れて
有喜に辿り着き、修理が終わるまでこの地で過ごした。

武内宿禰と伝えられるその白髭の老人は、農業や漁業の
先進技術や読み書き、医療までを、DVDや専用アプリ等で
解りやすく村人に指導してくれたという伝説がある。

昔は、国道よりもずっと山側の方まで湾が入り込んでいて、
現在の中通町の辺りまでその船を曳いて来たと言われている。

船が直って白ひげ様が出発したあと、近くの旧古場名の高台に
祠を建てて彼を偲んだのが、白髭神社の始まりとの事。

江戸時代に、現在の船津に移されたそうだ。

元の神社跡地は、薬師如来堂になっている。
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薬師堂から海側を望む。
こんなところまで入江が入り込んでいたとは思えないほど谷の奥。
有喜の漁港や現在の白髭神社は、真ん中の丘の向こう側。
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白髭神社に戻る。 パンク風の賽銭箱。斬新なスタイルだ。
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灯籠の龍の彫刻が見事!
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もう片方は残念な事に損傷が激しかった。

そして、境内で見つけた謎の石像!
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神様か仏様かカンナ様か判らない、何とも不思議な像。

壺かカメ(瓶)の上に座っているように見えるが、ネットで
探しても似たような例は見つからない。

漁港だからと言って、タコ壺でもあるまい。

首をかしげて坊主頭?で、座り方も仏像のよう‥。

薬壺なら薬師如来だが、普通、壺は手に持っている。

素朴な作りで、どこか南方系の感じもするなあ‥。

日本神話の少彦名命(スクナビコナノミコト)を連想した。
スクナビコナは薬師如来と同一視される事もあり、
その場合、薬壺を持っている。

う~む。やはりここは謎が多い!
この件はまた地元の人に聞きに行こう。


町なかには、漁港らしくえびす像があちこちに祀られているのだが、
白髭神社近くの海岸付近で、まだ新しい八大龍王の石像を発見!
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以前来た時は目に入らなかったのか、興味がなかったのか、
全然気づかなかった。

諫早近辺では、八大龍王、つまり竜神様のことを、
じゅうごさんと呼ぶ。竜宮さんが変化したらしい。

ここでは何と呼ばれているのか聞き忘れた。

像の背面側に詳しい説明文があるが、先祖の暮らしを
子孫に伝えるため、昭和五十二年に町有の土地を
売却した代金で作らせたそうだ。

何というスンバラピイ金の使い方だろう!

身内の土建屋とつるんで金儲けを企むどこかの町の長に、
尻のアカを煎じずに食わせてやってほしい。

側には歴代の龍王像が並ぶ。
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風化に加え、キリシタンやその他の者によって破壊され、
そして修復され、祀られ続けている。

この神像もまた、過去にあった出来事を未来に伝える
大切な遺産だ。

龍王像と判る理由は、後ろ姿。
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がいるから。
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同じ場所に、諫早近辺では見かけない双体えびす像。
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これは!平たい顔族のえびす像か?
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う~ん、今回は見どころが多いなあ!


─── 家に帰ってから、いろいろ調べてみた。

・有喜は橘湾に面し、諫早でも早くからひらけていたらしい。
 縄文の貝塚もあり、大昔から人が住んでいた事が判る。

・有喜の地名は、湿地や泥地のことを指す「ウキ」によると
 思われる。漢字では宇木とも浮亀とも書いていたようだが、
 明治期以降のお役所仕事でテキトーに決めたものだろう。

・全国の白髭神社も、ざっと見たところでは湿地の近くに
 位置する事が多い気がする。

・白髭草という植物(ユキノシタ科)は湿地に生える。

・白髭神社の祭神は、一般的には猿田彦(サルタヒコ)神。

・アイヌ語でサルは、湿地らしい。タが田なら、サルタは湿田か。

・猿田彦というシソ科の草も湿地に生える。

・有喜の白髭神社の祭神 武内宿禰は、白ひげの老人に描かれる。

・猿田彦は天狗の様な容貌の神だが、やはり白髪白ひげの事が多い。

・古代朝鮮の竜神もまた、白髪白ひげの老人の姿だ。

・有喜では竜神の八大龍王を大切に祀っている。


調べれば調べるほど、不思議な関連が浮かんでくる。
まるで、パズルのピースのように並ぶ事実。

いつの時代にどのように文化の伝播があったのかは知らない。
明治に鉄道が出来るまでは、船が主な移動・流通手段だ。
各地の漁民同士の、海のネットワークがあっただろう。

ぼんやりと昔の様子が見えて来そうだが、素人にできるのは、
いろいろ想像して楽しむところまでだ。
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ただ今回は、有喜の漁民が祀る龍神さんやえびすさんが、諫早中心部や
島原半島のものとは、古いものほど明らかに違う事が判った。

ついでに言えば、白髭神社で武内宿禰を祀るところは珍しいように
言われているが、長与や伊王島の白髭神社も武内宿禰が祭神で、
海の近くにある。

これも何か関連があるのだろうか‥。


家に帰って安酒を飲みながら謎の石像の写真をよ~く見ていると、
鼻ヒゲとあごヒゲのあるじいちゃんに見えてきた。 頬ヒゲもあるような‥
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「あー、しらひげ様!」

もしそうだとしたら、町にとってけっこう重要なものかもしれない。

壺は、医術の薬壺でもあり、技術や教育など、たくさんの恩恵を
表しているとも考えられる。  本当はタコ壺かも知れないが‥。


てゆっかー、こんな話を散歩記で書いても、みんな退屈過ぎて
屁をこかれて寝てしまうだけだろう‥。

今回は、ちきーっとマニアックな話だったかな。


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終わりましたので起きてくださーい。

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コメント

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難しかったなぁ~

そろそろ桃でん食べてにゅーかとしよったけど
ちょー難しか話だけん、プリンみたいな私の脳みそで
必死に読んで理解した所
頭に残ったとは・・・
お地蔵さんの背中の登り龍と、
亀甲縛りじゃなくて鎖で縛られた賽銭箱だったね~^m^

それにしても有喜の漁港って奥が深いんですね。
私なら何気にスルーするお地蔵さんも
色々な歴史があるんでしょうね。
それに気がつくあなたは凄い!!

って事で・・・
桃食べてにゅーっと(^。^)y-.。o○

Re: 難しかったなぁ~

いーなー ももいーなー ももー
 
うちは、きゅーりとトマトなら食いきらんしこ
まーだ成りよりますが、桃などという高級品は、
最後にもらったのがいつだったか覚えていません。

キッコー桜井の賽銭箱は、乞食ヤンキー対策
でしょうか。脳が淡雪なので仕方ありません。

今回、有喜の話で私が一番言いたかったのは、
国道沿いにある村川かまぼこ店で売っている
揚げたてかんぼこは「んまかぁ!」という事です。

あっ、書いてなかったかも!
わたぴの脳は一口香ですか?

Ramblingbird

長崎南部の自転車散歩やどうでもいい出来事を、小学生ギャグを交えて書き散らします。お下劣な表現を含みますのでご注意下さい。