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伊木力の地名再考

長崎地名的散歩
05 /30 2017
諫早市多良見町舟津
旧伊木力(いきりき)村の中心部。
1705DSCF5799.jpg


以前、伊木力の地名由来について記事を書いたが、
徳川埋蔵金探しのような中身のない話だったため、
期待して読んだ人は、チェッ!と言った事だろう。

これはいかんよなあアハハハ(^O^)と思ったので、
心からの反省を込めて、もう一度考えてみた。


長崎の小字地名で「桐ノ木(きりのき)」というのを
たまに見かけるのだが、ある日、地名一覧を見ていて
「ノ」がつかない「桐木(きりき)」を発見した。

そして、気づいた。

あいたぁ~!キリキに「イー」ばつけたらイキリキ
なったいね~。うんにゃ、うったまげた~!

と、言うことは、桐木の地名の意味が判れば、
伊木力の地名の謎も解ける可能性が高い!


キリキ・キリノキは、大体は桐木・桐ノ木と書かれるが、
家具に使われる桐の木がある場所という訳ではない。

桐の木がある所にいちいち桐の木地名をつけていたら
桐がないからだ。 うむ、つまらん。


桐木、桐ノ木の意味を、地形地名用語で考えてみよう。

キリ=①切ったような形状
    ②「断(き)る」で崖の事
    ③農地や住居、道路のために土地を切り開く事
      
キ=①~の所
   ②キワ、縁、端、限り、境界地
   ③キワなので崖の事
  
ノキ=「退き」の意で崩壊の怖れがある崖の事。


いろいろな解釈があって断定するのは難しい。

傾斜地の畑作地帯なので、どれも一応当てはまり、
いろいろな組合せパターンが成り立つ。

結果、自分が想定した答えに向かってのこじつけに
なりやすいので、客観的な視点が大事だ。


桐木地名の土地を、航空写真や現地調査で確認して
意味を検討した結果、 「切ったような形状の斜面」 
というのが一番合っているように思った。

切ったような斜面というのは、浸食や崩壊によって
「山の斜面にタテ方向に切り削られた谷」のこと。

山あいの谷ではなく、連続する斜面の一部が不自然に
切り削られた状態になっている所を指すようだ。

諫早市久山町旧茶屋の近くに「桐木」の小字がある。
長崎県小字地名総覧での読みは、「きりのき」。
江戸時代の古地図を見ると、桐木山と書いてあった。

現地を見ても木や草で覆われていてよく判らないが、
航空写真を見ると、山の斜面が大きくタテに切れた
地形になっている。
S_KUYAMA_KIRIKIc.jpg
国土地理院空中写真サービス 昭和50年撮影 より

キリキとキリノキは違いがあるのかという点だが、
確認した事例から見る限り、同じだろうと思う。

他の地域の桐ノ木地名の所も、地図と航空写真で
同様の地形がいくつか確認できた。

・五島市岐宿町川原 大桐木(おおきりぎ)
・長崎市西海町木場 桐木
・長崎市中里町 桐ノ木
・長崎市現川 桐ノ木谷


では、
伊木力のとは何か。

最初につくイは、意味を強める接頭語の場合が多い。
つまり「すんごく切り削られた谷」となる。
とりあえずこれで進めよう。


地名の由来を考える場合は、まず、その地名が
どの範囲を指すのか、全体なのか一部なのかを
想定する必要がある。

旧伊木力村は、舟津郷、野川内郷、山川内郷、
佐瀬郷の四郷。

舟津地区以外は、だいたい地形通りの地名。
・野川内 川沿いの緩傾斜地
1705DSCF2048.jpg

・山川内 山あいを流れる川沿いの地
1705DSCF2045.jpg

・佐瀬 山に囲まれて狭い川瀬の地 
1705DSCF2042.jpg

舟津は「船着場」の事だが、範囲が山の上までと広い。
元々はこの辺りの地形を、イキリキと表現したの
ではないかと考え、舟津周辺を検討エリアとした。


さてここに、「すんごく切り削られた谷」があるか。
舟津周辺を航空写真やGoogleストリートビューで見る。


谷があることはあるが、さほどインパクトを感じない。

現在、斜面の大半は畑になっており、麓には住宅も
多く建っていて、元の地形は判りにくい。

ただ、少し離れてはいるが、水田を挟んだ元釜地区の
大草駅周辺の崖には、くし歯のように侵食された谷が
いくつも並んでいる。
1705_ookusa1.jpg

イキリキという地域が最初はもっと広い範囲だった
としたら、これがイキリキの可能性もありそうだ。

旧伊木力村全体でも探したところ、キリキの地形は
他にもあったが、そう目立つものではなかった。


とにもかくにも、現地へ行って確認する事にしよう。


まず、大草駅方面の山の斜面を眺めて見たが、
実際に、切れた地形はハッキリは見えなかった。
1705DSCF5835.jpg

至って普通の山の風景だ。


不審者と思われながら辺りをうろつきまわった結果、
集落の背後に、三つの大きな「キリキ」を確認できた。
S_IKIRIKI_S50c.jpg


まずひとつ目。一番北側の谷。

新しい国道207号線の高架橋が架かっている所から
山を見上げてみると、頂上付近から切れたように
ずっと斜面になっており、段々畑が続いている。
1705DSCF5803.jpg

近づいてみると、なかなかの傾斜地!
1705DSCF5813.jpg

これは、迂闊におむすびを落とせない。

急な斜面を川が流れ、谷の下には農業用水を汲む
設備がある。水量もありそうだ。
1705DSCF5816.jpg

山の上の農道より見る。
1705DSCF2037.jpg
急すぎるのか、この辺は畑にもなっていない。

ふたつ目。

ここは下の方は広めにえぐれたような形状。
1705DSCF5874.jpg


国道の部分には盛土をしてあり、ダムのような格好に
仕切られている。川の水はトンネルを通って海へ。

谷は途中で向きを変え、複雑な形状になっている。
1705DSCF2033.jpg


さらにその隣に、麓からは判りにくいが、奥行きが
一番長くて深い三つ目の谷がある。

深くて険しいためか、上の方は何にも使われていない。

山の上の農道。この奥まで切れ込みが続く。
1705DSCF2028.jpg

この会社の裏の岩からは湧水が滝のように出ていた。

この並んだ大きな谷が、「イキリキ」ではないかと思う。


現在は、谷もほとんどがみかん畑になっているが、
大昔には、大崩落した斜面が頂上付近から麓まで
続き、なかなか壮観だったに違いない。

スッキリしないのは、キリキを強調するのなら、
「大キリキ」でもよかったのではないかと言う点。
なぜ「イ」だったのか。

もしかしたら「イ」は、生活に必要な「井」、
つまり谷川の水の事を言ったのかもしれない。

崖ばかりの土地でも、水さえあれば何とかなる。
幸い、ここには谷川があり、みかん山の農業用水に
利用できるほどの大量の水が流れている。

伊木力の地名がつけられたのが、いつの時代かは
判らないが、ここには縄文時代から人が住んでいる。

波静かな大村湾の奥なので、魚や貝も獲りやすく
遥か昔から人が暮らしやすい土地だったのだろう。
1705DSCF5838.jpg


以上が、伊木力の地名について再度検討した結果。
全然違うかもしれないが、前回よりはマシなはず。


それにしても、伊木力を含め多良見のみかん山に登ると、
開拓農家のたくましさというものを感じる。
1705DSCF2018.jpg


儲かるというのもあるのだろうが、少しでも少しでもと
畑を広げていって、縦横無尽に道路がつながり、今では
山の斜面全体がほぼみかん畑になっている。

「キリ」には開拓するという意味もある。
イキリキは、「すごい開拓地」とも言えるだろう。


みかん山は、松の頭峠を越えて長与町まで続く。
長与町もまた、みかんの町。

麓の本川内駅からトンネルを抜け、旧伊木力村を通って
大草まで、JR線路沿いにもみかん畑の風景が広がる。
1705DSCF7661C.jpg
 
それは、三十数年前スリムだった私が、学校帰りの汽車の
窓から眺めた風景と、まだそんなには変わっていない。

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コメント

非公開コメント

おかえりなさいませ、ご主人様。

いや~待ちくたびれましたよ。
三日に一回は更新されてるか確認するのが日課でした。
これからもヒロスケさんのライバルとして長崎の歴史を紐解いていってください。

Re: おかえりなさいませ、ご主人様。

お久しぶりで御座います。
東京の工事現場へ出稼ぎに行って記憶喪失に
なっておりましたが、記憶が戻りますた。
そうです。私が山口えろすけです。
股バリバリ掻こうと思いますので、
信用せずにお待ち下さい。

PS.返事を出していない去年もらったコメントを
見つけてパニックになっています。

Ramblingbird

長崎南部の自転車散歩やどうでもいい出来事を、小学生ギャグを交えて書き散らします。お下劣な表現を含みますのでご注意下さい。