鳥が運んだアコギ地名 アコ木・阿漕ヶ浦

前回、口之津町の苧扱川(おこぎがわ)という地名は、
コグという言葉が「草木を根こそぎ引き抜く」という
意味がある事から、地滑りや氾濫のあった場所を指す
地名ではないかと考え、現地の状況を確認した。
1707DSCF5402.jpg 

そして、調べている中で、
「オコギ」と「アコギ」は似とるよなあと思った。

前回も触れたが、長崎県の五島には、アコ木という
小字地名が点在している。

「苧扱(オコギ)」は苧麻(からむし)の繊維をほぐす事。
「アコ木」はアコウの木の別名。

どちらも植物地名だ。


アコウというのは元々南の国の木で、渡り鳥がその実を
食べて日本へ運び、肛門から肥料付きの種を投下して
発芽するという、大自然のシステムを利用して繁殖した。
(他に言い方は無いんかーい!)

温暖な気候でないと生育できないため、自生している
地域は、九州、四国から紀伊半島の南部までらしい。


植物や動物に関する地名には、別の意味が含まれて
いる事が多い。危険地名と言われるものも然り。

「アコギ」という地名も、コギ繋がりで地すべりや
氾濫地名だろうと思ったので、調べてみた。


アコギと言えば、三重県津市の阿漕ヶ浦(あこぎがうら)
が有名。現在は阿漕浦(あこぎうら)とも言うそうだ。

アコギとは、越後屋やお代官様のように、クソ悪どいと言う
意味だったはず。
なぜそんな良くない地名をつけるのだろうか。

それは、調べていく内にだんだん判ってくる。


阿漕浦を、航空写真とGoogleストリートビューで見てみるが、
地すべりしそうな崖や、決壊しそうな曲がりくねった川などは
見当たらない。松並木の砂浜が美しい、平野部の町だ。



ここはちょっと違ったか?


・愛媛県西宇和郡伊方町三崎は、アコウの大木があるため、
小字地名もアコギになったと言われているらしい。 
ikata_misaki01.jpg 
(Googleマップ 航空写真より)

しかしよく見ると、背後の崖は地すべり痕のようにも見える。
集落は海岸まで続く傾斜地の上に作られており、平地はない。

調べたら、やはり地すべりの起きやすい地質という事だった。


五島列島の小字名を探すと、アコギ地名ドンドコ出てくる。

・奈留町船廻(ふなまわし) 阿古木 アコギ  (Googleマップ 航空写真より)
naru_funamawari_akogi01.jpg 

細長く突き出た半島の途中で、集落の背後に崖が迫る。
崖は崩落防止のワッフル状コンクリートで全面補強してあり、
海岸にはアコウの大木がある。
山の中腹が崩れているようにも見えるが、よく判らない。

気になるのは、この狭さで山の高さが100mもある事。
当然、雨水の流れはとんでもないスピードになるだろう。


・岐宿町川原郷 阿古木 アコギ  (国土地理院 空中写真サービス 昭和52年より)
kishiku_kawahara_akogi01a.jpg 

何も無さそうな山の斜面で、下は海。 
左側の部分が、山頂から麓の地峡部まで崩れたように見える。


・富江町松尾郷 アコキ山    ※注:ヘコキ山ではない。
tomie_matsuo_akokiyama01a.jpg 
 (国土地理院 空中写真サービスより 一部追記)

何もない山奥の斜面。航空写真を見ると、一部が崩れて
谷が埋まったようにも見えるが、よく判らない。 

※「ヘコキ山では無い」と言いながら、写真に「ヘコキ山」と
書いてボケようか、やめようかと悩んだ自分が悲しかった。


・富江町職人郷 アコギ山  (Googleマップ 航空写真より 一部追記)

tomie_syokunin_akogiyama01a.jpg  

ゆるやかな丘に広がる畑の中。昭和23年の航空写真とほとんど
変わっておらず、よく判らない。
ただ、すぐ隣の小字名が「水洗」。これも川の氾濫地名だ。


・富江町長峰郷 アコギ山、アコギノ下  (Googleマップ 航空写真より  一部追記)
tomie_naganime_akoginoshita01a.jpg 

鬱蒼とした山の中。アコギノ下は山の斜面の下辺り。アコギ山は
小字地図では抜けているが、そばの片平山のことだろう。
片平山は、「片側が斜面(崖)の山」という意味。


写真だけではよく判らないが、ほとんどのアコギが、山の斜面だった。



あと、五島市平蔵町樫の浦は、アコギ地名では無いが「あこう木前」
バス停があり、アコウの大樹がある。


口之津も五島も、アコウの木はポピュラーな木だったようだが、
口之津周辺にはアコギ地名は見当たらず、五島には多い。

上五島出身のE君に聞いたところ、奈良尾ではアコウはアコウジュ、
アコウギ、アコギとも言われていたそうだ。
奈良尾神社には樹齢650年の大アコウ樹があり、人気スポットらしい。

口之津出身の友人に聞くと、口之津ではアコウの木はアコウの木で、
アコ木やアコウ木とは言わんだろうとの事だった。

長崎県の小字地名全般を見ても、地名表現は地域で偏りがある。
地名がつけられた時代や藩などでも違うと思う。


やはり、アコギという地名も、地すべりや洪水地名
だろうと思える結果になった。


ただ、実際に行ってはいないので、ハッキリは言えない。

そう!今回は予算と時間の都合で、どこへも出かけていない。
「地名散歩」なのに出かけていない。

五島とか三重県とか、そんな遠い所、とても行け~ん!
地図とネットと本による調査だけの記事じゃあ!

ちくしょう!いつか金持ちになって見返してやる!


で、本題だが、

調査を進めていくうちに、阿漕ヶ浦(あこぎがうら)について、
えらい事に思いあたった。

傾斜地でなく海岸で、草木を根ごと引き抜くものがあった!


「あーっ、津波か!」

三重県、東海地方といえば、南海トラフ。

調べたら、阿漕ヶ浦は室町時代に明応の大地震の津波で壊滅している!


「エェ────ッ!」 驚いて、ジャパネットタカタ前社長の声が出た。


阿漕ヶ浦は、津波の前は、阿濃津(あのつ)という地名だったとも言う。

すべてが津波で流された阿濃津の地名を、当時の地名命名担当者?が
何らかの決まりによって、アコギという名に変えた。

何のためかは判らない。

悪い見方をすれば、一部の利権を持つ者だけに災害の事実が判るよう、
地名を暗号化し、彼らが損をしないよう画策したのかもしれない。

よい見方をするならば、荒廃した集落を再建する際、後世の人が、
コギというキーワードによって、ここが津波の被災地である事を
忘れず、気をつけながら暮らせるようにしたとも考えられる。


もう一度、Goo辞書で「阿漕・あこぎ」の意味を確認してみよう。

 1 しつこく、ずうずうしいこと。義理人情に欠けあくどいこと。
   特に、無慈悲に金品をむさぼること。また、そのさま。

 2 たび重なること。




これはもう、すべて!

何度も繰り返し襲う地震と、残酷に何もかも
奪ってゆく、津波の姿そのものではないか!



こじつけ過ぎだろうかと思い、プリンを食べてスヤスヤ眠って
冷静になってまた考えたが、やはりそうとしか思えなかった!


阿漕浦のある三重県津市には「親孝行な平治の物語」
語り伝えられている。

 阿漕平治 (三重県HP 三重のおはなしより) ※超短縮バージョン

貧しいが親孝行者の平治は、病気の母のために神聖な禁漁区で
魚を捕り、役人に簀巻(スマキ)にされ海に投げ込まれて処刑される。

やがて、平治の恨みが網を打つ音になり、沖から響いて来る。
人のむせび泣く声も聞こえ、聞いたものは病気になる始末。

平治の霊が、寺の坊さんの夢に現れ、母より先に死んだ自分は
親不孝過ぎてあの世へも行けず苦しいと、自身の供養を願う。

坊さんが一文字づつお経を書いた石を海に納めて読経をすると
すべてが元に返り、平治も浮かばれたのだろう、と言う話。



私はこれが、大津波に巻かれて理不尽に命を落とした
罪無き人達への、同情と鎮魂の物語に思えてならない。



これは、最初はもっとシンプルな名もない漁師の話だったが、
江戸時代頃に、親孝行な平治の話にリメイクされたらしい。

江戸時代にはまだ津波の惨状が語り継がれていて、この話が
何を意味するのかは、そこそこ知られていたと思う。

しかしそれは忌むべき事であるため、直接の描写は避けて
内容を置き換えられ、経営的な面からも、だんだん人情に
訴える感動のストーリーになっていった。

そんな経緯が想像される。


そして、「あこぎ」と言う言葉。

津波のあと、アコギという名に変えられた荒れ地を通る者が、
かつてここで暮らした人々を想い、むごい事だひどい事だ
手を合せたのが、アコギという言葉の始まりではなかったか。

遥か昔、厳しい自然や権力に翻弄されながらも懸命に生きた
人々がここにいた。それは紛れもない事実だ。


さらに驚く事に、今でも阿漕町では、伝説の人物である平治を
供養する「阿漕平治の盆供養」という祭りが行われている。

やっぱり日本はいい国だなあと思う。


まだある。


アコウは別の木に巻きついて成長し、その木を枯らしてしまう
生態から、「絞め殺しの木」という物騒な別名がある。
 SPA130133.jpg

まさに、アコギなやつ!

平治がムシロに巻かれて殺されたというのは、単なる偶然か?

アコギな木と同じ名前が被災地につけられたのも、偶然か?


「平治」は、平らかに治まる(平穏に静まり落ち着く)と書く。

これもまた、地震や津波が再び起きぬよう願った昔の人からの、
時間を越えたメッセージのような気がするのだ。



アコウの生育の北限は、阿漕浦から少し南の紀伊半島。
奈良時代、平安時代は、日本は今より温暖だったという説がある。


あるいは、阿漕浦にもアコウの木は自生していたのかもしれない。

1707-1069948_akou.jpg


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