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伊王島の由来は、裏側にあり

長崎地名的散歩
03 /06 2020
 長崎港の沖合いに浮かぶ伊王島(いおうじま)は、近年、
立派な橋で本土と繋がり、観光地開発が急速に進んだ。

 現在では、蒼い海と美しい夕陽、新鮮な海の幸も楽しめる
リゾートアイランドとして、大勢のにょうにゃくにゃんにょで
賑わっている。
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 伊王島の地名由来としては、まず九州北部の海岸地域で
よく見られる、神功皇后(じんぐうこうごう)伝説による
ものが有名だろう。

 皇后御一行が新羅へ出兵の際にこの島へ立ち寄られ、
「美しい島であるぞよ」と祝いの言葉を述べられたので、
「祝う島」と呼ばれ、イオウ島になったという苦しい説。

 また、昔の文献には硫黄島と書かれた例もあり、かつて
島には温泉があり、硫黄も採れたはずなので「イオウ島」と
言ったという、かなり強引な説。

 それから、長崎では魚の事をイヲと言うので、近くで
魚がよく捕れるこの島を「イヲ島」と呼び、イヲー島に変化
したという、本当に勘弁してほしい説もある。

 自分は別のものが由来だろうと確信しているが、念のため
現地を再度、よく見てみることにした。

 ついでなので、まだ自転車で行ったことがない丘の上の
灯台を目指しつつ、調査開始。

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 香焼町 辰ノ口(たつのくち)より望む伊王島。(左奥)

 伊王島は、陸地側の沖之島と、奥の伊王島に分かれ
ているが、2島を合わせて「伊王島」と呼ぶそうだ。


 まず、伊王島大橋を渡って沖之島に入る。丘の上には
白い馬込教会、奥の方にはしゃれた外国のリゾート地風
の建物が見えてくる。

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 だが、今回は賑やかな方へは進まず、右にぐる~りと
回り、海岸沿いの道路を沖之島の南西側へ向かう。

伊王島大橋のたもとを通る。
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こっちの方は何もない道路だが、駐車スペースがあり
風景を楽しめる。観光バスも停まるようだ。

冬でも南の海のブルー。

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島の南西側は、険しい崖が続き、人家は見当たらない。

 のどが渇いて何か飲みたいが、自動販売機も無い。
「忍法エアうめぼし」でつばを飲んでしのいだ。

 ほどなく、畦の岩這(あぜのいわばえ)という、
自然景観スポットに到着。
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海岸にゴツゴツした岩肌が広がっている。 宮崎県の青島
にある「鬼の洗濯岩」のような風景なのだが、潮の干満
を考えていなかったので、今は半分、水の中。

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 さらに進むと、崖はいよいよ険しくなり、海岸には、
無数の大きな岩が転がっている。

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 乗越トンネルに入る。中は灯りが少なく暗い。戸町
トンネルほどではないが道幅もせまい。

 自転車の着脱式テールランプを家に忘れてきたので、
クルマに追突されそうでおっとろしい。

 まだ死にたくないので、せまい歩道を押して歩いた。
 結局、クルマは1台も通らなかった‥。

 トンネルを抜けると、西の浜。堤防に漁船が停泊している。
海の方へ行くと、今から向かう伊王島の西岸が見える。

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 人を寄せつけない険しい断崖が、ずっと続く。

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 沖之島と伊王島を結ぶ3本の橋のうち、いちばん西側の
橋を渡り、灯台の方へ登っていく。

こっ、これは、かなりの急坂!
 
下調べしていなかった事を、もんのすご~く後悔した。

仕方がないので、通りすぎるクルマの家族連れにゼエゼエ
必死なのを悟られないよう、止まって風景を見ているふりを
したり、道を確認するふりをしながら登った。
(見栄をはってどうする)

 やっと上に着いて、大きく左に曲がる。林の中の細道を
進むと、陽に照らされた木々の中に、森の妖精が!

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イヤ、よく見たら、ただの枯れ木でごんす。


 林の道の途中から、階段の小道を5分程下ると、
「千畳敷」という海辺の景観スポットに出る。

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    Googleマップ 3Dより

 その名の通り、ひとかたまりの広ーーーーい大岩。
 
 広すぎて25mmの広角レンズでも全体が収まらない。

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 海まで行くには、階段のそばに結ばれたロープを頼りに
段差を降り、斜面をヨチヨチ下っていく。腰の位置で手を横
に突き出すとペンギンみたいでカワイイ。
(おっさんがか!)

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 けっこう傾斜があるので、勢いがついたら「うわー」
言いながら海まで走ってそのままドブンといきそう。
 なかなかスリリングなスポットだ。

 岬の灯台の方まで、まだずっと崖が続く。

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 丘の上の道を進んで灯台の手前、最後の急坂を、別に
ぜんぜんキツくないモ~ン
という顔をして登るが、アベックの
クルマが通りすぎたら、目と口を全開にしてハァハァあえぐ。

 やっと到着。もうすぐ夕暮れ。

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伊王島灯台の周辺は公園になっている。

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灯台の先にも展望台。

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ここからは見えないが、Googleマップの3Dで見ると、灯台
周辺の崖は、高く垂直に切り立っており、岩肌もむき出しで
風化による切れ目も深く、非常に荒涼としている。

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      Googleマップ 3Dより


   
 オサレで穏やかな観光地である島の北東側とは対象的に、
南西側は断崖と岩ばかりの荒々しい風景だ。

 しかし島の歴史を見ると、現在のホテルやレストランのある
エリアは、炭鉱時代から始まった埋め立て地であり、元々は
全体が厳しい地形の島だったことが解る。

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    国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスより 昭和22年撮影

 だからこそ、隠れキリシタンの人達が移り住んだ歴史も
あるのだろう。




 古代の人達は、この島のことを、高く大きくそびえ立つ、
巌(イワオ)の島、
イワオジマと呼んだのではなかったか。

 それなら「祝う島」の音にも近いし、イオウ島にも
変化しやすそうだ。

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そう考えているのだが、たぶん、真相は判らない。




きょうもまた、東シナ海に陽が沈む。
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コメント

非公開コメント

No title

神功皇后と言えば、この前「あぐりの丘」の羊の居る辺りから山に入って行った所に神楽島が見える絶景スポットがあって、そこの看板に神功皇后が云々っていう看板があったのを思い出しました。
何が書かれてたのかは思い出せませんが、眺めは良かった。
夕暮れ時に1人で行ったら泣くなって思いました。
是非tryしてみて下さい。

Re: No title

ほほう!そげんスポットがありましたか。
これから戦争に行く妊婦が、なぜか島で神楽を舞ったとか、その式を見たので式見とか、昔の人もけっこう能天気です。
神楽島は、たわしがサーバル島と名付けましたが、やはり地元でも「ねこ島」と呼んでいたことを、あとで尻ました。以前、あぐりの丘に行ったとき、バーベキューする所の近くの、観光客が通らない淋し~い所に羊小屋があって、何でこんなところに?と思って近づいたら、狂暴な羊が柵を揺らしてブゲブゲ言って威嚇してきました。ヤバイ目をしていたので隔離されていたのでしょう。ほのぼのした想ひ出です。あぐりの丘で景色を観た記憶はないので、今度確認してみます。帰り晩飯のおかず用に羊を1匹積んで行こうと思います。

Ramblingbird

長崎南部の自転車散歩やどうでもいい出来事を、小学生ギャグを交えて書き散らします。お下劣な表現を含みますのでご注意下さい。