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地名散歩 鈴田(すずた) 大村市

長崎地名的散歩
05 /15 2020
 諫早から、国道34号線を自転車で北へ進むと、
揺やかな坂を上りきった鈴田(すずた)峠の頂上で
大村市に入る。

 汗ばんだ顔に涼風を受けて、産直所の前を過ぎ
カーブの先で視界が開けると、見事に真っすぐな
下り坂が1kmほど続く。
DSCF9384SA.jpg

 自転車でもスピードが出るので気持ちがいい。
サ~イクリング、サ~イクリング、ヤホ~ヤホ~!
と、歌いたいくらいだ。

 でも実際に歌うと「自転車の変なおじさん」
いう動画をネットに晒されるので我慢しよう!

 また、きょうはクルマが少なかのう~、と後を
振り向くと、婆さんの運転する車が、道が狭くて
自分を抜けず、大渋滞になっている事もある。


 坂の両側、田畑が広がる低地から山の上までと、
高速道路の橋脚を過ぎた海岸の干拓地辺りまでが
鈴田(すずた)地区になる。
DSCF6536A.jpg

 県央の農村地帯は、近年の開発により、その
風景が一変しているところが多い。

 ここも昭和の時代、長崎自動車道のものすごく
高い橋脚が町を横断して度肝を抜かれたが、
今度は、新幹線が田んぼを横切ることになった。
DSCF6572A.jpg


 鈴田と言う地名は、昭和17年に行政区画では
無くなっているが、川、小学校、郵便局、駐在所、
市役所の出張所までが「鈴田」の名を冠している。

 近隣の町の人達は、ここを「鈴田」としか思って
いないので、大里町とか中里町だとか言われても、
どこなのかよく判らない。

 こういう例は、あちこちにある。


 鈴田の地名の由来はと言うと、むかし、この地の
田んぼから鈴が掘り出されたため、鈴田になった

いう伝説が知られている。

 現実的な説もある。長崎周辺では聞かないが、
スズは湧水のある土地につけられるらしい。
 清水や泉と書いて、スズと読む例もある。

しかし、鈴田地区で、湧水と思われる地名の所は、
国道の上方、日焼バス停近くの射場(井場・いば)
くらい。山の上から流れてくる川の水が大半だ。
suzuta_kasen1A.jpg
  国土地理院地図より

 で、結論から言うが、この鈴田という地名は、
オラは、河川の氾濫地名だったのではないかと
考えている。


 長崎弁で、水などが一杯になってあふれる事を
「すずれる」と言う。
 鈴田のスズは、「氾濫で水があふれた所」
言ったのではないだろうか。
 
 ちなみに私は、すずよりアリスが好きだ。

 あっ、どうでもいいと思っているな?
  (どうでもいいです)


 めでたいとも言われる鈴田地名なのに、災害
地名とは何だと怒られそうだが、高い山と川の
ある所は、氾濫地名であることが多い。


 では、そう思う理由をあげていこう。

【1】地形の状況

 鈴田地区は、多良岳の長い長い尾根の先端に
あるため、大雨の時の水量は極端に増える。
suzuta_kasen2.jpg
   Googleマップ 衛星写真より

特に現在の町の中心である鈴田小学校の近辺は
「ジョウゴの底の穴のフチ」にあたるため、
赤枠のほとんどの水がここを通ることになる。
DSCF6442A.jpg


 小学校の所は、茂手(もで)という小字地名。

 「もる」という古語は、「もぎ取る」の意味。
「デ」は、場所を表す処(ド)だろう。つまり、
水によって土地をもぎ取られていた所か。
suzuta_mode1AA.jpg
 小学校を回り込んで流れている。 

 昭和32年の水害でも、鈴田地区は特に被害が
大きかったそうだ。
 
 多良岳から十数キロある斜面を、勢いのついた
大量の水が大岩を転がしながら駆け下り、家も
田畑も道路も線路も押し流した。鈴田小学校の
周囲もやはり冠水したとの事。

 つまり、治水対策が行われる以前は、氾濫が
起きやすい土地だった
ということだ。

 現在は、鈴田川の川幅は拡張されて、堤防も
高くなっている。小学校の隣りの河川公園には、
洪水時の水位情報板と警報機が設置されている。
DSCF6440A.jpg


【2】地名の変更

 鈴田は、元々は今里(いまざと)だったという
記録がある。今里という地名は、その当時に
「新しく開かれた里」という意味。

 ということは、大村地区の中で、比較的遅く
開発されたことになる。

 多良岳からの用水が豊富で、緩い傾斜地で
日当たりもよくて低湿地という、農業に向いた
土地なのに、なぜだろう?

 それは、洪水の危険が判っていたために、
開拓が進まなかったからかもしれない。
DSCF9401A.jpg


 村そのものの地名が変わるということは、
何か大きな出来事があったからだと思う。

鈴田の場合は、洪水の可能性がある。

 新しくできた「今里」は、洪水で一度荒れ地に
なって人は離れたが、その後、治水が進んで、
鈴田として出直したのか‥。

 また、鈴田村は江戸時代に一度、上鈴田村と
下鈴田村に分かれ、後にまた一緒になっている。
 これも、その時の洪水で半分の田畑が流され、
そこから住民の間でトラブルが起きたためという
ことも想像できる。 
 

【3】スズレ地名の例

スズだからスズレねぇえ~と思われている
のだろうが、「スズレ地名」は実在する。

 長崎市西泊の海岸に、スズレ崎(スズレ山)
という地名がある。
 まんじゅう形の岩山を半分に割ったような
切り立った崖だが、断面の石が崩落している
様子をスズレと言ったのだろう。
 32.729024, 129.850543
suzure_zaki1A.jpg
  Googleマップ 3D衛星写真より

 こちらは、北九州豪雨の時にニュースに
なった、大分県日田市の鈴連(すずれ)町。
山肌全体が崩れてしまった。
 33.388144, 130.938083
20171201001AA.jpg
  広報ひた より

佐賀県杵島郡江北町 鈴山(すずやま)峠
 33.239088, 130.148812
 峠の頂上は、昭和期に切り通されている。
途中の県道の斜面は、多くがコンクリートで
固められ、さらに鉄のネットで覆われた所も。
suzuyama_touge2A.jpg
  Googleストリートビューより
 崩れやすい地質なのだろう。

涼松(すずみまつ)という小字地名が2箇所。
・長崎市東町は、矢上普賢岳中腹の傾斜地。
 長崎大水害の時に山崩れの被害があった
 侍石(さぶらし)地区。
 32.776137, 129.963652

・諫早市多良見町は、化屋名の阿蘇神社の
 近くで、国道造成時に山崩れがあった丘の
 下あたり。丘から流れた水は、ここで川に
 落ちたと思われる。
 32.830489, 129.986133

 鈴田の山向こうにある、大村市今村町には、
摺出石(すりでいし)という集落がある。石が
斜面からずり落ちる地質だったか。
 32.866630, 130.001630

 鈴田から旧長崎街道の山道を登った、諫早
との藩境辺りの地名を、硯石(すずりいし)
という。
 そこに藩境いを示す大きな石があるのだが、
水が溜まるくぼみがあるため、弁慶の足形石、
鬼の足跡石、または硯石と呼ばれている。

 しかし、一番インパクトの少ない硯石が
わざわざ地名になるのも不自然な気がする。
 やはり土砂がすずれる所ではないか?

 鈴田は、「水がすずれる」と考えたが、
実際の洪水では岩も土砂も流れてくる。
鈴田の湿地の奥は、高い崖だ。


 さて、言いたいことは、だいたい言ったので、
そろそろ帰ろう。


 最後にもうひとつ。

 岩松駅近くの踏切を過ぎ、鈴田川を渡った
畑のカドに、地主(ちゅうず)大明神を祀る
石の祠がある。
DSCF9411SA.jpg
石祠には、地主大明神と彫られた、欠けた
鳥居の神額と、明治期に新たに祀られた
恵比寿、大黒像。石の鳥居は、柱の部分
だけが残っている。


 鈴田の地名由来である「鈴」は、この側で
掘り出されたと言われている。

 ここから先の方の農地は、河口に土砂が
堆積した「州」を開拓・干拓したものだろう。


 地主大明神は、地元では「チュッ様」
というキュートな名で呼ばれているそうだ。

 地主神は、大抵が「じしゅ、じぬし」と
読むようだが「ちゅうず」は例がない。
「ちしゅ」なら、チュッ様になりそうだが、
なぜ「ちゅうず」なのだろう。

 あと、鈴田村全体の鎮守は古松大権現の
はずなのに、地主大明神も村の鎮守として
祀られていたらしい。なぜ?

これはひとつ、よーっと考えて見ねばなるまい。

 わたしは、両目をクワッ!と見開き、
ガン見戦隊☆メンタマン!と叫んで、
衛星写真を隅から隅まで舐め回すように見た。
suzuta_kantaku1A.jpg
  Googleマップ 3D衛星写真より

 そうか!チュッ様の場所は、元々は川の
中州が始まる所だったはず!しかもウマも、
川の流曲部の外側。氾濫したら、真っ先に
水がすずれるところだ。

 チュッ様の鳥居が一部しか残っていないのは、
洪水で流されたからではないのだろうか?

 川の中州は、「ちゅうず」とも読んだ。
mitsumata_2.jpg


 チュッ様は、大切な中州の農地を水害から
守ってもらうために、この最前線の場所に
祀られたのではなかったか。

 ちなみに、諫早を含む佐賀藩の干拓地では、
高潮や台風による堤防決壊の被害から農地を
守ってもらうために、水神である八大龍王が、
一番ヤバい堤防の所に鎮座している。
 
 まるで人質みたいな祀られ方だが、民衆の
切実な願いの表れなのかもしれない。
DSCF8181A.jpg

 
 そして、ここで鈴を掘り出したという伝説は、
あふれて積もった土砂の中から、呪術的に
「スズレる原因を取り除く」という意味が
あったのではないだろうか。

キレイな黄昏の中、そんな空想をする。


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Ramblingbird

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