fc2ブログ

地名散歩 インゲリ鼻~売串 野母崎 

長崎地名的散歩
06 /03 2020
 野母崎の高浜海水浴場の奥に、インゲリ鼻という
わけのわからない、へんチョコな地名がある。
ingeri01A.jpg

 私が自転車少年だった小学生の頃、ワラヂヤの長崎県
地図では、「インケリ鼻」だったと思う。

 明治時代に作成された地図も「インケリ鼻」だ。
inkeri01.jpg

 しかし、どっちが正でも、別にどうでもいいほどの
ウルトラダイナマイト謎地名に変わりはない。
DSCF7764RA.jpg

 砂浜から、石がゴロゴロした海岸を滑ったり転んだり
して、うぁ~ん!と泣きながら渡ると、巨大な一枚岩が
テーブル状になった岸に到着する。
DSCF7796A.jpg

 岩の表面は、長い長い年月の間に波に削られ、組成の
違いのためか、様々な模様と形状になっている。
DSCF7800A.jpg

DSCF7809A.jpg

DSCF7842A.jpg

DSCF7812A.jpg

 自然が創り出したなかなかの芸術品だと思うのだが、
観光案内などで見たことはない。


 それにしてもインゲリ鼻とはどういう意味だろう。
 郷土史にも何も書かれていない。

 地名の「鼻・花」は、端(はな)で、突き出した所だ。
海岸の岩場の周辺か、あるいは岬全体とも取れる。

 問題はもちろん、「インゲリ」

 長崎では、犬のことを「イン」と言う。

 「犬下痢」だろうか‥。

 いや、絶対に違うと思う!百円賭けてもいい。

 「犬蹴り」か? ダメだ!かわいそうだろう!
てか、なんのためここで犬をいじめる!

 地名の「犬」は、戌(いぬ)の方角、西北西を指すの
ではないかと以前考えたが、単に「犬が西向きゃ‥」
で、西向きの土地と言われている場合が多いようだ。

 確かに岬は西に突き出しているが、わざわざ西を強調
する理由が思い当たらない。

 犬は忘れよう。


 ハッ!まてよ‥
 「インゲリ」の文字を並べ変えたら‥

 「リゲイン」になるぞ!!

 黄色~と茶色はパ~ンツの汚れ 24日間
 履き続~けまっすっか!!
 ああ、流行ったなあ、懐かしいなあ~。
  (歌詞が違う!歌詞が!)
 
 あ、そっか!鼻の大きなインテリが‥(いねえよ!)

 もしかして、インケリ鼻は書き間違いで、元々は、
「イソケソ鼻」だったのでは?

イヤ、ますますワケわかんねぇ!!
 
 助さん格さん!それくらいでいいでしょう!


 千々石の記事の回に、古代日本の先住民の言葉だと
言われる「縄文語」のことを書いた。
 今回もその線で調べてみたところ、インゲリ鼻という
地名は、とんでもなく古ぅ~い地名だった可能性がある
ことが判った。
 
 北海道に、「遠軽(えんがる)町」という所がある。

 アイヌ語で「インガル」は見晴らしがよいという事
で、むかし、高さが78mもある瞰望岩(がんぼういわ)の
上で敵の部族を見張っていた事が、地名の由来らしい。

 また、札幌にある藻岩山(もいわやま)は、アイヌ語で
インカルシペと呼ばれ、やはり眺望のよいところ。


 アイヌ語辞書の類いを見ると、インカラ、インガラ、
インカルも同じで、眺める・見張りをするという意味が
あるそうだ。

 インゲリ(インケリ)は、それらの派生・変化なのでは
ないかと思う。まず、音が近い。
   i・n・ga・ru  i・n・ge・ri 


 つまり、インゲリ鼻は古代人が海の見張りをしていた
場所
だったのではないか。と考えた。
DSCF7834A.jpg

 土地の状況はどうだろう?

 インゲリ鼻の、岩場の先端まで行ってみると、北は
香焼(こうやぎ)島から深堀、島の間には西彼杵半島の
三重付近や西海市までが、マッポーシ見渡せる。
 南は、野母半島の先端まで見え、岬を回ってくる舟も
いち早く発見できる。
 西は、軍艦島などの向こう側は東シナ海の大海原だ。
背後の山に登れば、五島列島さえ見えそう。

 どう考えても、見張りに適した所だ。


 自転車で、山の上まで登ってみた。
  
 何か楽しそうな木陰の休憩用デッキ。
DSCF7778A.jpg
 ここで水着のおね‥いや、美しい砂浜を見ながら
ビールを飲んだら、さぞウマかろう!


 岬の先端部の上の方は木が茂っていたが、おおむね、
予想通りの眺望だった。
DSCF7784A.jpg

DSCF7788A.jpg

 今のところ、地名が似ていて眺めがよいということ
だけで、考古学的な遺物が出土している訳ではない。
単なる自分の空想だ。

しかぁし!
 
 「古代日本語」らしき地名は、インゲリ鼻がある高浜
から、野母半島の尾根の上にあるゴルフ場を越えた東側、
岬木場(みさきこば)の集落にも存在していた!
urugishi01A.jpg
     googleマップ 3D衛星写真より  32.609301, 129.821624

 小字地名の、「売串(うるぐし)」

 日本語として明らかに不自然で意味不明だ。

 「うるぐす」なら、江川卓の「SUGURU」を逆から
読んだものだが、「URUGUSI」を逆から読んでも、
「いすぐる」で、やっぱし意味わからん。
  (読もうと思うな!)

 「串」のつく地名は、海岸の崖地でよく見かける。
 島原半島の北串山・南串山、西海町の大串郷、川棚町
の小串郷、和歌山県の串本町など。
 地名の串は、崖地である場合が多いが、実際の意味は
ハッキリしないらしい。

 実は、インゲリ鼻のある山のすぐ北側に、野々串という
漁港の地区がある。高浜から低い丘を越えたところだが、
よくわからない点があるのでまだ調査中。


 アイヌ語だとウルは丘。クシは越えた所。
「丘を越えた所」となる。

 西側の海岸集落から見て、尾根を越えた場所という
意味でつけられたと想像できる。

 その可能性が、どれほどあるのか考えてみた。

 ・どこから丘を越えたのか?

 地図を見まくり、現地をウロウロ徘徊して考えた結果、
インゲリ鼻のある高浜か、少し北側の以下宿(いかやど)
あたりが自然な気がした。古代に集落が存在した生活の
拠点であり、正面玄関になる所。

 ・丘を越えた売串は、どういう所だったか?

 野母半島の東側の海岸は、断崖絶壁の所が多く、海岸に
出られる所は限られている。岬木場集落の下方、売串から
は、畑のそばを通って海岸へ出られることを確認した。
DSCF8991A.jpg
 東側の海岸へ行く勝手口的な場所ではないか。

DSCF8990A.jpg

 ・この岩だらけの海岸で何をしていたのか?

 よその土地を通らず、山をショートカットして、ここの
海岸から舟を出し、東長崎方面、島原半島、天草周辺まで
渡り、交易等をしていたのではなかったか。
DSCF9033A.jpg
 天草の富岡なら、ここからが一番近い。


 売串という地名は、江戸時代の古地図にも載っており、
海岸の辺りに「うるくし」と書いてある。むかしはもっと
広い範囲を売串と呼んでいた
のかもしれない。
urugushi_edo01A.jpg
     野母崎町郷土史より 
 地図には、脇岬の観音寺辺りから売串の海岸へ続く道が
描いてある。江戸時代も、ここから舟を出していたように
思える。 

 しかし、意味不明なインゲリ鼻という地名が、本当に、
古代から現在まで変えられる事なく伝えられたとしたら、
それはなぜだろうか。

 古地図と今の地図を比べると、山や小島の名は、結構
コロコロ変わっていることが判る。
 ひとつには、農地で無く、人も住まない所は、地名に
ついての管理が緩かったからと思う。
 なので、地元の者の意見で名称を変える事もできた。

DSCF8985A.jpg

 インゲリ鼻などは、海岸の岩場で特に使い道は無いが、
変える理由もない。何よりインパクトのある名称なので、
場所が特定しやすい。海洋民の目印だったのなら、逆に
変えにくかった
はず。
 そういう訳で、奇跡的に残ったのではなかろうか。

DSCF7792A.jpg

 場所はだいぶ飛ぶが、大村空港が建設される時に埋め
立てられた「ガロウ島」は、アイヌ語で「岩だらけの島」
という意味になる。
 大村郷村記の記述を見ると、確かに大きな岩がゴロゴロ
した島だったようだ。これも古代からの名称かもしれない。


 古いアイヌ語と琉球語に共通点があるなら、古代九州の
言葉と似ていても別に不思議はない。古代人の航海技術は
想像を遥かに超えるものだったと、最近は言われている。
DSCF7929A.jpg
    (以下宿町 夫婦岩)

 古代の言葉の伝播とか変化とかについては、そのうち
AIとやらが明らかにしてくれるのではないかと思う。
 
 OK!シリクサ! 楽しみに待ってる。 
 

 
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

Ramblingbird

長崎南部の自転車散歩やどうでもいい出来事を、小学生ギャグを交えて書き散らします。お下劣な表現を含みますのでご注意下さい。