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喜々津は木々の茂る港だったか

長崎地名的散歩
02 /27 2023

 伊木力(いきりき)みかんとタラッタたらみでお馴染みの、

 諫早市多良見(たらみ)町

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 住民に、多良見の中心部はどこかと聞けば、「喜々津(ききつ)んニキたい」と答えるだろう。


 しかし喜々津という行政地名は存在しない。昭和30年の町村再編で、喜々津村、大草村、伊木力村が合併し、多良見村に統合されたからだ。(10年後に多良見町へ)

 

 それなのに、JRの駅名を始め、川や橋や学校名やら、昭和50年代に埋立て開発された住宅地「喜々津シーサイドタウン」やら、至る所にその名が残っている。

 最近、新しくできた駅前の高層マンション群は、着工時に名称を公募していた。何になるかと思っていたら、これまた「喜々津ステーションタウン」。

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 字面がよく、縁起もよさそうなこの地名は、時代が変わっても人気のようだ。


 多良岳が見えるという何とも楽しい理由で命名された「多良見町」も、平成17年に、他の地域と共に諫早市と合併し、自治体としての役割は無くなった。

 う~ん、諸行無常ですのう。 
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 ・多良岳てっぺんだけ?内緒だが、実はこれは五家原岳で、多良岳はその裏という噂がある。

 旧喜々津村には、化屋名(けやみょう) 木床名 中里名 囲名 市布名 西川内名が属しており、現在も「名」を除いた同じ地名が使われている。

 喜々津の漁港は木床にあり、その中に小字の船津がある。喜々津の「津」は港の事だろうから、大昔はこの辺りが中心地だったのではないかと思う。
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 では「喜々津」の地名由来を見てみよう。


 角川日本地名大辞典によると、


 「地名は古く木々津であったが、諫早初代領主竜造寺家晴が豊臣秀吉の朝鮮出兵に従軍の際、恵方であるこの地から出発し、のち無事ここに帰着したので、喜々津に改めた。」と、言うことだ。


 漢字だけ変えたという控えめな地名由来は珍しい。

 

 じゃあ、元々は「木々の茂る港」だったのか?


 それは無いだろう。木と土と石と水ばかりの昔の風景の中で、木々の港と言うのなら、巨木や森など、余程の特徴がなければ地名として成り立たない。


 別の意味を探してみよう。

 喜々津の「津」は、港でほぼ間違いない。


 問題は「キキ」


「キキ」とは一体何だろう。


 「お届け物をする魔女」だろうか?

 いや、この場合は違うような気がする。


 キキとララのキキ? キキ☆とブーバ〇?

 

 キキッ

 ハッ! 猿? 猿なのか?


  

 図書館やネットや、アオイみや子調査室で調べても、納得できるような答えは見つからない。


 地図の神様も降りてこない。


 便所の神様も降りてこない。(はいはい、もうそのへんで)



 キキツ、イキリキ、イチヌノ。


 多良見町にはなぜか、発音するだけで酸欠になりそうな、言いにくい地名が多い。

 長崎弁だと、抑揚と強弱が激しいのでそれほどでもないが、都会のお人が東京弁でキキツ、イキリキ、イチヌノと繰り返し言ったら、頭がクラクラするだろう。


 100回言うと、もっとクラクラするだろう。(そりゃそうだろう)

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 地名の意味については、先人が苦心して集めてくれた多くの「地名用語」がある。その中からヒントを探そう。


 九鬼や久木などと書く「クキ」という地名がある。古い言葉らしいが、その解釈は様々だ。


 断崖絶壁、山の尾根の連なり、山の洞穴、山頂のくぼみ、高く突き出た所、山に囲まれた挟い所 など。

 これだけ意味が多いという事は、地域や時代によっても意味が異なるのだろう。実際の土地の状況をよく確認する必要がある。 


 古代地名語源辞典によると、「クク」や「キク」も、クキの変化したものらしい。


え?じゃあ、『キキ』も仲間なのでは?」


 たわしはそう考え、これらの地名がつく場所の地形を、Googleマップの3D機能とストリートビューで確認することにした。


 なぜ現地へ行かないのかというと、どうせ底辺職の自分には、行く金も暇もないからだ。ほっといてくれ!



・三重県尾鷲市 九鬼(くき)町

 周囲の山の尾根筋が続いている。 ※すべてgoogleマップ3D地図より

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・高知県四万十市西土佐 玖木(くき)

 山に囲まれた狭い所で、尖った山の尾根が続いている。  

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・熊本県菊池(きくち)市

 市なので規模が大きいが、阿蘇の外周近くに尾根の通った山が連なっている。

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・徳島県美波町 木岐(きき)

 深い谷間が屈曲しながら続いている。山の尾根の線が伸びている。

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・愛媛県八幡浜市保内町 喜木(きき)

 ここは、山腹を大きく半分切り落としたような地形で、その「切断面」が尾根のように周りを囲んでいる。

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 喜木から山をひとつ越えた海岸に、喜木津(ききつ)という漁港がある。

 喜々津と読みが同じだ!

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 単に喜木にある港なので、地形に関係なく派生した地名かもしれないが、周りを尾根が囲み、先端が長く伸びて海に突き出している。


 さらに、広島県三原市本郷に、木々津(きぎつ)という地名を見つけた。

 切り立った山が長く続き、曲がった部分の内側に集落がある。

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・これらクキ地名に多く共通しているのは、山の尾根がクッキリと続いている事のようだった。


 クッキリ? もしかして、クッキリのクキなのか?


 調べたら、鮮やかではっきりしているという意味の「くきやか」という言葉が、少なくとも江戸時代初期にはあり、それが現在のクッキリに変化したらしい。

 くきやかの「クキ」が、クキ系地名の語源であれば納得がいく。



 では、我らが多良見町の喜々津はどうだろう?


 山の尾根が続くような印象は全く無いのだが‥。


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 あーっ! 尾根あるじゃん!尾根!


 👆ホラホラ!尾根!


 途切れがちだが、尾根が虚空蔵山のてっぺんから海まで伸びている。

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 近年は道路整備のためにあちこち削られ、採石場の所は大きくえぐられているが、昔はもっときれいな山だったのかもしれない。


 尾根は虚空蔵山の奥で右側にカーブして続き、一旦折れたあと、東園地区をぐるりと取り囲んでいる。

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 陸からでは判らないが、舟で海から来た者にはその形がよく見えただろう。


 

 問題は、もし喜々津の近辺に、尖った山の尾根が続く所が普通にあれば、「キキ=尾根」説は怪しいという事になる。


 神様、仏様、環奈様、アーメンソーメン冷やソーメン(昭和)と祈りながら航空写真を眺めたが、同様のクッキリ尾根は他に見当たらなかった。


 やはりキキは、尾根が長く続く地形と考えてよさそうだ。


 ひとつ解らないのが、昔の人はなぜ、ハッキリクッキリした尾根だけに、クキとかキキとかの地名をつけたのかという点。

 何か特別視する理由があったのか。たとえば、古い信仰に関係してるとか・・。

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 さて、長くなるのでこの辺でやめておこう。


 今回は、喜々津は「山の尾根が続く所の港」だったのかもというお話。


 喜々津という地名が、行政地名として復活する事は無さそうだが、これからも末永く「喜々津んニキたい」と言われ続けるだろう。



  ※参考文献 古代地名語源辞典 楠原佑介編

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Ramblingbird

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