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地名散歩 多良見町市布(いちぬの)

長崎地名的散歩
03 /18 2023
諫早市多良見町 市布(いちぬの)

 市布には、長崎自動車道の長崎多良見インターがあり、すぐ近くには諫早市と長崎市を結ぶ長崎バイパスの出入口がある。
 一般道の国道34号線も、隣接する東長崎地区や長崎市街地へ行き来する車が通るため、この付近は相変わらず交通量が多い。
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    ※Googleマップより
 市布と言えば、以前はバイパスと国道が交差する信号でいつも激しく渋滞していた。頻尿の人達にとっては、人間の尊厳を死守するため命懸けで戦った地獄の交差点だった。
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    ※国土地理院空中写真サービスより
 しかしその後、道路が交差しないよう国道の片側を高架橋にしたため、渋滞も尿もれも、かなり解消されている。
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 JR長崎本線は、多良見町の喜々津駅から長崎に向かって新旧二つの路線に別れるのだが、電化された比較的新しい方は、一般に「市布経由」と呼ばれている。
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 喜々津駅の次が市布駅で、あとは長崎市街までトンネルと山間の無人駅だけなので、市布経由と呼ぶのが一番わかりやすかったのだろう。

 そういう事もあり、市布という地名は近隣の人々にもそこそこ知られている。

 国道沿いには、新車・中古車の販売店に、住宅展示場やリフォーム関連のショールームなどが建ち並んで賑やかだ。
 しかし、元々は谷間の農村地帯。店舗の裏側には、田んぼと畑ののどかな風景が広がっている。
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 それにしても、市布(イチヌノ)は、なかなかイミフな謎地名。 
 よそから来た人は「イチヌノ?なんじゃそりゃ」と思うはず。

 なので、先手を打って、交差点の地名表示に(なんじゃそりゃ)と書いておくというのはどうだろう?
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(いやいや、何のために!)


 では、「市布(いちぬの)」とは何のことだろう。

 「座頭市のふんどし」だろうか?(ちょっとは考えてから言えよ)

 確かな情報だったのかは判らないが、市布は、古文書に「一野々(いちのの)」と書かれていたというのを何かで読んだ。何でだったのかは、まったく思い出せん!

 「市野々」や「内野々」という地名は東日本に多いようだが、長崎周辺ではちょっと見ない。
 ※野母崎の高浜に「野々串」があるが、ここは地形的な共通点が無いので、別の意味だと思う。

 イチノノは九州にも無いことはないが、昔の小字らしいので、検索しても場所が判らない。どんどん消滅しているのだろう。

 地名のイチは、市場や集落でなければ、その場所や周囲が険しい所。ウチは、何かの内側の地域か、山の間か、「憂し」で軟弱地盤の土地。
 イチがウチになったり、その逆もあったかもしれない。
   
 野は、野っ原でよさそうだが、日本の地形上、ゆるい傾斜地の場合が多い。

 では「野々」とは何だろう?
 うわぁあ~ん!と泣き叫ぶ市議だろうか?(ネタが古~い)


 全国の市野々という地名の土地を、航空写真やGoogleストリートビューなどで見たところ、「山の谷間に、川沿いの田んぼが細長く続く土地」である事がほとんどだった。

 つまり、イチは「険しい山の間」で、野々は、野を繰り返す事で「長く続く野」を表現したのではないだろうか。

 市布という地名は全国的にも少なく、ネットの地図で見つけたのは、廃村になった福井県大野市の東市布と、福井県福井市の西市布くらいだった。
 これらも昭和の航空写真を見ると、山間の川沿いに細い田んぼが続く地形なので、元は「市野々」だったのではないかと思われる。
 ・福井県大野市 東市布(昭和36年) 
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    ※国道地理院 空中写真サービスより

 ・福井県福井市 西市布町(昭和50年)
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    ※国道地理院 空中写真サービスより
 福井県の他の地域には「市野々」という地名があるので、上の2箇所だけが何らかの原因で「市布」に変わったか、意図的に変えられたのかもしれない。

 多良見町の市布も、イチノノから変えられた可能性はないか。
 福井市と言えば曹洞宗の総本山、永平寺がある。昔、多良見町の市布は諫早領だった。諫早家の菩提寺は曹洞宗の天祐寺。現在、多良見町には曹洞宗の寺は無いが、市布や中里町周辺には、由緒不明な中世の寺跡が複数ある。
 ここに曹洞宗の寺があったとすれば、福井で修行したちょっと偉い僧侶が派遣されていて、一野々と呼ばれたこの地を、自分が懐かしむ「市布」に勝手に変えた。などという事が・・。

 多良見町の市布も、山の間の細長い川沿いの土地であり、「市野々」の地形に当てはまる。
 ただ、山の多い長崎には同じような地形がいくらでもあるので、ここだけイチノノだったというのも納得しづらい。

 JR市布駅の上方、道路を挟んだ集落背後の傾斜地に、小字地名の「市布」がある。これが広い範囲の地名になった可能性も考えてみる必要があるだろう。

 ところが困った事に、長崎県の小字地名総覧と、多良見町郷土誌では場所が少し違っている。前者は、山崎鮮魚店から傾斜地を登った浸食地形の集落あたり。後者は、その集落の少し東側の斜面。
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 地名の解釈は、それだけでも大きく変わってしまう。どちらが本来のイチヌノかを、的確に判断しなければならない。
 地元の住民でも元々の範囲を正確に知る人は、まずいないはずだ。

 この小字の「イチヌノ」が地形由来の地名であれば、何か特徴があるはず。

 イチは「険しい」として、ヌノが何を意味するのかが、なかなか判らない。

いろんな辞書で調べても、ヌノは布以外の意味が見つからなかった。
 建築用語の、表面を平らに仕上げる「布基礎」と関係があるようにも思えない。

 ある日、辞書で布巾(ふきん)の「巾」を見ると、布・布きれの意味があり「覆う・かぶせる」という意味があると書いてあった。頭巾や布巾などの原義という事だろう。漢字の巾は、布を表す象形文字らしい。

 山の間や木々に隠れて外部から見えない土地を表現する地名は多い。ズバリ「隠(かくれ)◯◯」とか、「カグラ(神楽)」とか。「別当」もそうだと思う。

 自分はこういうのを「カクレ地名」と呼んでいるが、布(巾)の場合も「覆われて見えない」という意味なのではないかと考えた。
 昔はこういう所に隠し田や畑を作って年貢を免れようとする事もあったそうだ。

 「布」がカクレ地名かどうかを確かめるため、布のつく地名を探して地形を確認した。

・雲仙市瑞穂(みづほ)町 小字 布木(ぬのぎ)
 山からなだらかに伸びる尾根に囲まれて、外部から見えない土地になっている。尾根の上も、道がない時代には何があるか判らなかった所が多い。
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     ※Googleマップより

・諫早市小長井町 小字 布川(ぬのかわ)
 川の両岸がずっと奥まで森に覆われ、周囲からは見えない。
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 山の中の隠れた川を「布川」という所は、全国に見られる。
 
・雲仙市吾妻町 布江名(ぬのえ みょう)
 森に隠れた細長い谷間に、川が流れている。「江」はこの場合、川の事。
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     ※Googleマップより

・長崎市布巻(ぬのまき)町 (旧三和町布巻) 
 現在は県道が通って開けているが、地形的には山に囲まれた低地に川が流れる所。巻(まき)は、川の流れが屈曲している様子と考えられる。
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     ※Googleマップより

・南さつま市 内布(うちぬの)地区
 山に囲まれた川沿いに田んぼが続くので「内野々」だったとも思われるが、ちょっと地形が複雑。内側の隠れた土地でも合っている。
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     ※Googleマップより
 やはり、ヌノは、巾の「覆う」という意味から、隠れた土地を指すと考えてよいのではなかろうか。

 そうだとすれば、小字のイチヌノは、「険しい土地の隠れた所」と説明できる。

 長崎県の小字地名総覧の「市布」は、集落の一部が所々隠れて見えないが、遠くからだと全体はけっこう見えている。 
 多良見町郷土誌の「市布」は、林の奥に民家と農地があり、外側からはまったく見えない。こちらのほうが「イチヌノ」っぽい。昭和23年の航空写真からずっと林があるので、それ以前もあったのだろう。周囲にも外から見えない所があちこちにある。 
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     ※Googleマップより 赤丸が外から見えない所
 しかし、この小字地名が地域全体の地名にまでなる理由がよく説明できない。
  
※市布の地名の由来(最終案)  
 ・市布は元はイチノノで「山の谷間に、川沿いの野原が細長く続く土地」
 ・市布は「険しくて外から見えない所」

 このどちらかに決めんといかんのだが、どうも決め手に欠ける。  
 
 まだ悩ましい事があって、福井県の西市布と東市布は、地形の特徴から元は「イチノノ」だったのだろうと思ったのだが、実はどちらも、外から見えない「隠れた土地」でもある。
 そう考えると、他のイチノノも隠れた土地かなぁと思えてくる。

 ああ、どうしよう、決めきれない!  

 う~ん、今回は引き分けということで。

 だが次は負けねえ!必ずお前をリングに沈めてやるぜ!
(なんじゃそりゃ)

 まあ、布(ヌノ)地名が「カクレ地名」かもという事が判っただけでも収穫はあったので良しとしよう。 

 ※参考文献:古代地名語源辞典 楠原佑介編 長崎県の小字地名総覧 多良見町郷土誌

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Ramblingbird

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